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論語と算盤 / 教育と情誼・孝らしからぬ孝

その名は何と云つたか、今明確に覚えて居らぬが、近江の国に一人の有名な孝子があつた、『夫れ孝は天下の大本なり、百行の依て生ずる所』と心得て、日夜その及ばざるを唯惟れ恐れて居つたが、信濃の国に亦有名なる孝子あると聞き及び、親しく其の孝子に面会して、如何にせば最善の孝を親に尽すことの出来るものか、一つ問ひ訊して試みたいものだ、との志を懐き、遙々と野越え山越えて、夏なほ凉しき信濃の国まで、態々近江の国から孝行修行に出掛けたのである。

新字:その名は何と云つたか、今明確に覚えて居らぬが、近江の国に一人の有名な孝子があつた、『夫れ孝は天下の大本なり、百行の依て生ずる所』と心得て、日夜その及ばざるを唯惟れ恐れて居つたが、信濃の国に亦有名なる孝子あると聞き及び、親しく其の孝子に面会して、如何にせば最善の孝を親に尽すことの出来るものか、一つ問ひ訊して試みたいものだ、との志を懐き、遥々と野越え山越えて、夏なほ凉しき信濃の国まで、態々近江の国から孝行修行に出掛けたのである。

書き下し

その名は何と言ったか、今明確に覚えておらぬが、近江の国に一人の有名な孝子があった。「それ孝は天下の大本なり、百行のよって生ずる所」と心得て、日夜その及ばざるをただこれ恐れておったが、信濃の国にまた有名なる孝子あると聞き及び、親しくその孝子に面会して、いかにせば最善の孝を親に尽くすことの出来るものか、一つ問いただして試みたいものだ、との志を懐き、はるばると野越え山越えて、夏なお涼しき信濃の国まで、わざわざ近江の国から孝行修行に出掛けたのである。

現代語訳

その名を何と言ったか今ははっきり覚えていないが、近江の国に一人の有名な孝子がいた。「そもそも孝は天下の大本であり、あらゆる行いがそこから生じる」と心得て、日夜、自分の孝行が及ばないことをひたすら恐れていた。ところが信濃の国にもまた有名な孝子がいると聞き及び、じかにその孝子に会って、どうすれば最善の孝を親に尽くすことができるのか、ひとつ問いただしてみたいものだという志を抱き、はるばる野を越え山を越えて、夏でも涼しい信濃の国まで、わざわざ近江から孝行修行に出かけたのである。

解説

道話の本筋に入る段である。近江の孝子は「孝は天下の大本なり、百行の依て生ずる所」と心得ていた。孝を百行の本とする考えは『孝経』の「夫れ孝は徳の本なり」や、「孝は百行の本」という古来の成句に通じ、江戸の教育の柱であった。この孝子は、自分の孝がまだ足りないのではないかと日夜恐れ、評判の孝子に教えを乞うためにわざわざ山を越えて信濃まで出かける。求道の熱心さは申し分ない。だが話の結末から振り返ると、この熱心さそのものが後の悟りの伏線になっていることが見えてくる。孝を「修行」として励み、足りなさを恐れ続ける姿勢は、立派であると同時に、どこか力みを帯びている。成果を上げようと懸命な人ほど、努力そのものが目的になっていないかを振り返る必要がある。渋沢がこの話を選んだ意図は、次の段から明らかになっていく。

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