論語と算盤 / 教育と情誼・理論より実際
我国に於ても近来は実業教育に世人が注意するやうになつて、進歩発達はして来たが、さて惜いかな、其の教育の方法はと云ふと、前述の如く其他の教育の方法と同じく、せくが儘に、急ぐが儘に、理智の一方にのみ傾き、規律であるとか、人格であるとか、徳義であるとか云ふことは、毫も顧みられない、機運の趣く所、余儀ない次第と言は〻゙言へ実に嘆ずべきことである、是を軍人社会に見ると、其の教育法の然らしむる所か、或は軍事といふ其職が、既に其の性質を養ふものか、其辺の所は解らぬが、一般的統一、規律、服務、命令等のことが、整然と厳格に行はれて居るやうであるのは、実に結構なことで、立派な人格な士を見受けるのも、非常に頼もしい次第である。
書き下し
我が国においても近来は実業教育に世人が注意するようになって、進歩発達はして来たが、さて惜しいかな、その教育の方法はというと、前述のごとくその他の教育の方法と同じく、せくがままに、急ぐがままに、理智の一方にのみ傾き、規律であるとか、人格であるとか、徳義であるとかいうことは、毫も顧みられない。機運の赴く所、余儀ない次第と言わば言え、実に嘆ずべきことである。これを軍人社会に見ると、その教育法のしからしむる所か、あるいは軍事というその職が、既にその性質を養うものか、その辺の所は分からぬが、一般的統一、規律、服務、命令等のことが、整然と厳格に行われているようであるのは、実に結構なことで、立派な人格な士を見受けるのも、非常に頼もしい次第である。
現代語訳
我が国でも近ごろは世間が実業教育に注意を払うようになり、進歩発達はしてきた。しかし惜しいことに、その教育の方法はというと、前に述べたようにほかの教育の方法と同じく、せかれるまま、急ぐままに、理知の一方にばかり傾き、規律とか人格とか徳義とかいうことは、少しも顧みられていない。時の勢いでやむをえないことだと言うなら言え、実に嘆かわしいことである。これを軍人の社会で見ると、その教育法がそうさせるのか、あるいは軍事という職務がもともとそういう性質を養うものなのか、そのあたりはわからないが、全体の統一、規律、服務、命令などが整然と厳格に行われているようであるのは、実に結構なことで、立派な人格をそなえた人物を見かけるのも、非常に頼もしいことである。
解説
関連する章句
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『論語と算盤』教育と情誼・理論より実際実業界に立つ者は、前述の諸性質を十分に備えた上に、なお一つ尊ばなければならぬ一大事が残っている。それは自由ということで、実業の方では、軍事上の事務のように、いちいち上官の命令を待っているようでは、とかく好機を逸しやすいので、何事も命令を受けてやるという具合では、ちょっと発達ということは難しいのである。その結果、ただ智へ智へと傾いて行って、ただもう己が利益利益とのみ追うて、孟子のいわゆる「上下こもごも利を征りて饜かず、国危うし」というような状態に陥ってはと、これのみ気遣われるので、どうにかしてこういう事に立ち至らぬようにと、ひそかに手近い実業教育においても、智育と徳育とを併行せしめて行きたいものと、及ばずながらも、多年努めている次第である。
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『論語と算盤』教育と情誼・理論より実際世間一体に、教育のやり方を見ると――私はことに今の中等教育なるものがその弊が甚だしいと思う――単に智識を授けるということにのみ重きを置き過ぎている。換言すれば、徳育の方面が欠けている、確かに欠乏している。また一方に学生の気風を見ると、昔の青年の気風と違って、今ひと呼吸という勇気と努力、それから自覚とが欠けている。かく言えばとて、自分のごとき昔者が決して自慢高慢をする訳ではないが、何しろ当時の教育は学課の科目が多い、あれもこれもという有様であるので、その多い科目の修得にのみ追われて、これ日も足らずという風であってみれば、従って他を顧みるいとまもない勘定で、人格、常識等の修養に心を注ぐことの出来ぬのも自然の数で、返す返すも遺憾千万な訳である。現に処世の人となってる人々はともかくとして、これから世間に出て大いに奮励努力、国家のために尽くそうと思われる方々は、この辺によくよく心を用いてもらいたい。
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『論語と算盤』教育と情誼・理論より実際ところで、自分に最も関係の深い実業方面の教育について見るに、その昔にありては、実業教育と名付くべきほどのものはなかったが、維新以後になっても、明治十四五年の頃までは、この方面にはいささかの進歩を見ることは出来なかった。商業学校のごときも、その発達はわずかこの二十年ほどの間のことである。一体文明の進歩ということは政治、経済、軍事、商工業、学芸等がことごとく進んで、そこに始めて見ることが出来るので、その中のいずれか一が欠如しても、完全なる発達、文明の進歩のあるものではない。しかるに日本では、その文明の一大要素である商工業が、久しい間閑却して顧みられずにあった。翻って欧州の諸列強に見るに、他の方面の事ももちろん進歩しているが、その中でも取りわけ進んでいるのが実業である。すなわち商工業である。
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『論語と算盤』教育と情誼・現代教育の得失論語にも「その人となりや孝弟にして、上を犯すことを好む者は鮮し。上を犯すことを好まずして、乱をなすことを好む者は、いまだこれあらざるなり」と言い、「君に事えてよくその身を致す」と言いて、忠孝主義を述べ、かつ仁義礼智信の教訓を敷衍しては、また同情心、廉恥心を喚起させるようにし、また礼節を重んずるようにし、あるいは勤倹生活の貴ぶべきことを教えたものであるから、昔の青年は自然と身を修むるとともに、常に天下国家の事を憂い、朴実にして廉恥を重んじ、信義を貴ぶという気風が盛んであった。これに反して、現今の教育は智育を重んずるの結果、すでに小学校の時代から多くの学科を学び、さらに中学大学に進んでますます多くの智識を積むけれども、精神の修養を等閑に付して心の学問に力を尽くさないから、青年の品性は大いに憂うべきものがある。
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『論語と算盤』実業と士道・功利学の弊を芟除すべし日本魂、武士道をもって誇りとする我が国の商工業者に道義的観念の乏しいということは、実に悲しむべきことであるが、そもそもその由って来るところをたずぬれば、従来因襲する教育の弊であると思う。予は歴史家にあらずまた学者にあらざれば、遠くその根源を究むることはできないけれども、かの「民は之に由らしむべし、之を知らしむべからず」という、朱子派の儒教主義は、近く維新前まで文教の大権を掌握せる林家の学によってその色彩を濃厚にし、被治者階級に属する農工商の生産界は、道徳の天則外に放置せらるるとともに、己れまた自ずから道義に束縛せらるるの必要なしと感ずるに至った。
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『論語と算盤』教育と情誼・現代教育の得失ゆえに一般の青年は、自己の資力に応じて小学校を卒業すると、それぞれの専門教育に投じて実際的技術を修むべきである。また高等の教育を受くる者も、なお中学時代において、将来はいかなる専門学科を修むべきかという、確然たる目的を定むることが必要である。浅薄なる虚栄心のために修学の法を誤らば、これ実に青年の一身を誤るのみならず、国家元気の衰退を招く基となるのである。
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