論語と算盤 / 教育と情誼・理論より実際
実業界に立つ者は、前述の諸性質を十分に備へた上に、尚ほ一つ尊ばなければならぬ一大事が残つて居る、それは自由といふことで、実業の方では、軍事上の事務のやうに、一々上官の命令を俟つてるやうでは、兎角好機を逸し易いので、何事も命令を受けてやると云ふ具合では、一寸発達といふことは六ケ敷いのである、その結果、唯智へ、智へと傾いて行つて唯もう己が利益々々とのみ逐うて孟子の謂ゆる『上下交も利を征りて饜かず、国危し』と云ふやうな状態に陥つてはと、是れのみ気遣はれるので、どうがなして斯ういふ事に立ち至らぬやうと、窃かに手近い実業教育に於ても、智育と徳育とを併行せしめて行きたいものと、及ばずながらも、多年努めて居る次第である。
書き下し
実業界に立つ者は、前述の諸性質を十分に備えた上に、なお一つ尊ばなければならぬ一大事が残っている。それは自由ということで、実業の方では、軍事上の事務のように、いちいち上官の命令を待っているようでは、とかく好機を逸しやすいので、何事も命令を受けてやるという具合では、ちょっと発達ということは難しいのである。その結果、ただ智へ智へと傾いて行って、ただもう己が利益利益とのみ追うて、孟子のいわゆる「上下こもごも利を征りて饜かず、国危うし」というような状態に陥ってはと、これのみ気遣われるので、どうにかしてこういう事に立ち至らぬようにと、ひそかに手近い実業教育においても、智育と徳育とを併行せしめて行きたいものと、及ばずながらも、多年努めている次第である。
現代語訳
実業界に立つ者には、これまで述べた性質を十分に備えたうえで、なお一つ尊ばねばならない大事が残っている。それは自由である。実業では、軍務のようにいちいち上官の命令を待っていては好機を逃しやすい。何事も命令を受けてから動くようでは、発達は難しい。ところがその結果、知識へ知識へと傾き、ひたすら自分の利益だけを追って、孟子の言う「上も下も互いに利を取り合って飽きることがなく、国が危うい」という状態に陥りはしないか——それだけが気がかりなので、どうにかしてそこへ至らないよう、身近な実業教育においても知育と徳育を並行させたいと、微力ながら長年努めているのである。
解説
この章句が説くこと
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