論語と算盤 / 常識と習慣・習慣の感染性と伝播力
由来習慣とは人の平生に於ける所作が重なりて一つの固有性となるものであるから、それが自ら心にも働きにも影響を及ぼし、悪いことの習慣を多く持つものは悪人となり、良いことの習慣を多くつけて居る人は善人となると言つたやうに、遂には其人の人格にも関係して来るものである、故に何人も平素心して良習慣を養ふことは、人として世に処する上に大切なことであらう。
書き下し
由来習慣とは人の平生における所作が重なりて一つの固有性となるものであるから、それが自ずから心にも働きにも影響を及ぼし、悪いことの習慣を多く持つものは悪人となり、良いことの習慣を多くつけている人は善人となると言ったように、ついにはその人の人格にも関係して来るものである。ゆえに何人も平素心して良習慣を養うことは、人として世に処する上に大切なことであろう。
現代語訳
そもそも習慣とは、人が日ごろ行う所作が積み重なって一つの固有の性質となるものである。だからそれは自然と心にも働きにも影響を及ぼし、悪い習慣を多く持つ者は悪人となり、良い習慣を多く身につけた人は善人となるというように、ついにはその人の人格にまで関わってくる。それゆえ、誰であれ日ごろから心して良い習慣を養うことは、人として世を渡っていくうえで大切なことであろう。
解説
章の冒頭で渋沢は習慣を定義する。日ごろの所作が重なって「固有性」、つまりその人の性質になる。だから習慣は行儀作法の問題にとどまらず、善人と悪人を分け、人格そのものを形づくる、というのである。ここで言う所作は大げさな行いではない。朝起きる時刻、言葉づかい、約束の守り方といった日々の小さな繰り返しである。渋沢は幕臣から大蔵省、第一国立銀行の経営を経て五百余りの会社の設立に関わった人物だが、この本全体で繰り返し説くのは、非凡な才能よりも平凡な常識と習慣の力である。この章が「常識と習慣」の部に置かれているのも、人格を抽象的な徳目ではなく、毎日の積み重ねとして捉えるためだろう。今の職場に引き寄せれば、評判や信用とは一度の大仕事ではなく、誰も見ていないところでの所作の総和で決まる、ということになる。
関連する章句
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『論語と算盤』常識と習慣・習慣の感染性と伝播力また習慣はただ一人の身体にのみ附随しているもので無く、他人に感染するもので、ややもすれば人は他人の習慣を模倣したがる。この他に広まらんとする力は、単に善事の習慣ばかりでなく、悪事の習慣も同様であるから、大いに警戒を要する次第である。言語動作のごときは、甲の習慣が乙に伝わり、乙の習慣が丙に伝わるような例は決して珍しくない。
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『論語と算盤』常識と習慣・習慣の感染性と伝播力とかく習慣は不用意の間に出来上がるものであるから、大事に際してはそれを改めることが出来るのである。例えば、朝寝をする習慣の人が、常時はどうしても早起きが出来ないけれども、戦争とか火事とかいう場合に当たりては、いかに寝坊でも必ず早起きが出来るということから観ても、そう思われるのである。しからば何ゆえにそうなるかと言うに、習慣は些細のことであるとして軽蔑しやすいもので、日常それが我がままに伴っているからである。されば男女となく老若となく、心を留めて良習慣を養うようにしなければならぬのである。
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『論語と算盤』常識と習慣・習慣の感染性と伝播力余の経験によれば、習慣は老人になってもやはり重んぜねばならぬと考える。それは青年時代の悪習慣も、老後の今日に至って努力すれば改められるものであるから、今日のごとく日に新たなる世に処しては、なおさらこの心を持って自重して行かねばならぬのである。
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『論語と算盤』常識と習慣・常識とは如何なるものかおよそ人として世に処するに際し、常識はいずれの地位にも必要で、またいずれの場合にも欠けてはならぬことである。しからば常識とはいかなるものであろうか。余は次のごとく解釈する。
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『論語と算盤』常識と習慣・習慣の感染性と伝播力ことに習慣は少年時代が大切であろうと思う。記憶の方から言っても、少年時代の若い頭脳に記憶したことは、老後に至っても多く頭脳の中に明確に存している。余のごときもいかなる時の事をよく記憶しているかと言えば、やはり少年時代のことで、経書でも歴史でも、少年の時に読んだことを最もよく覚えている。昨今いくら読んでも、その方は読む先から皆忘れてしまう。そういう訳であるから習慣も少年時代が最も大切で、一度習慣となったなら、それは固有性となって終生変わることはない。のみならず、幼少の頃から青年期を通じては、非常に習慣の着きやすい時である。それゆえにこの時期を外さず良習慣をつけ、それをして固性とするようにしたいものである。余は青年時代に家出して天下を流浪し、比較的放縦な生活をしたことが習慣となって、後年まで悪習慣が直らなくて困ったが、日々悪い習慣を直したいとの一念から、大部分はこれを矯正することが出来たつもりである。悪いと知りつつ改められぬのは、つまり克己心の足らぬのである。
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『論語と算盤』常識と習慣・人生は努力にあり怠惰はどこまでも怠惰に終わるものであって、決して怠惰から好結果が生まれることは断じてない。すなわち坐っていれば立ち働くより楽なようであるが、久しきにわたると膝が痛んで来る。それで寝転ぶと楽であろうと思うが、これも久しきにわたると腰が痛み出す。怠惰の結果はやはり怠惰で、それがますます甚だしくなるくらいが落ちである。ゆえに人は良き習慣を造らねばならぬ。すなわち勤務努力の習慣を得るようにせねばならぬ。
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