論語と算盤 / 仁義と富貴・罪は金銭にあらず
今日の社会状態は、昔よりは智識の発達が著しく進んで、思想感情の高尚な人が多くなつた、更に言ひ換へれば、一般の人格が高まつて来て居るのである、故に金銭に対する念慮も余程進んで来て、立派な手段を用ゐて収入を図り、善良なる方法を以て使用する人が多くなつたので、金銭に対する公平なる見解をなすやうに為つた、
書き下し
今日の社会状態は、昔よりは智識の発達が著しく進んで、思想感情の高尚な人が多くなった。さらに言い換えれば、一般の人格が高まって来ているのである。ゆえに金銭に対する念慮もよほど進んで来て、立派な手段を用いて収入を図り、善良なる方法をもって使用する人が多くなったので、金銭に対する公平なる見解をなすようになった。
現代語訳
今日の社会の状態は、昔よりも知識の発達が著しく進み、思想や感情の高尚な人が多くなった。さらに言い換えれば、一般の人格が高まってきているのである。だから金銭に対する考えもずいぶん進んできて、立派な手段で収入を図り、善良な方法で使う人が多くなったので、金銭について公平な見方をするようになった。
解説
前段で、昔は知識も道義心も乏しかったから金銭を卑しむ風が強まったと述べた渋沢は、ここで今日の状態を対照させる。知識が進み、思想感情の高尚な人が増え、一般の人格が高まった。だから立派な手段で収入を得て、善良な方法で使う人が多くなり、金銭に対して公平な見方ができるようになった、という。明治から大正にかけて、日本は教育制度を整え、株式会社や銀行を普及させた。その渦中にいた渋沢の目には、社会が確かに成熟しつつあると映っていたのだろう。もっとも、同じ時代に成金の豪遊や企業の不正が世間を騒がせていたことも事実であり、渋沢自身も折にふれて厳しく批判している。この段の楽観は、現状の報告というより、そうあってほしいという期待を込めた言葉として読むのがよいかもしれない。人格の向上が金銭の公平な扱いを可能にする、という因果の筋立ては明快である。金銭をどう見るかは、その社会の成熟度の鏡なのである。
関連する章句
-
『論語と算盤』仁義と富貴・罪は金銭にあらず幸いにして世間一般の進歩とともに金銭上の取り扱いも改まって、利殖と道徳と離れまいとする傾向が増して来た。ことに欧米にては「真正なる富は正当なる活動によって収得せらるべきものである」との観念が着々実行されて来ているが、我が国の青年諸君も深くこの点に注意して、金銭上の禍に陥らず、ますます道義とともに金銭の真価を利用するように勉められんことを望むのである。
-
『論語と算盤』立志と学問・現在に働け私などは海外に交通するには、どうしても科学的智識が必要であるということを、声を嗄らして叫んだが、幸いにも追々その機運が起こって、明治十七八年にはこうした傾向が盛んになって、間もなく才学ともに備わった人が輩出するに至ったのである。それから以後今日までわずか三四十年の短い年月に、日本も外国には劣らないくらい物質的文明が進歩したが、その間にまた大なる弊害を生じたのである。徳川三百年間を太平ならしめた武断政治も、弊害を他に及ぼしたことは明らかであるが、またこの時代に教育された武士の中には、高尚遠大な性行の人も少なくはなかったのであるが、今日の人にはそれがない。富は積み重なっても、哀しいかな武士道とか、あるいは仁義道徳というものが、地を払っているといってよいと思う。すなわち精神教育がまったく衰えて来ると思うのである。
-
『論語と算盤』仁義と富貴・罪は金銭にあらず昔は東洋ばかりでなく、西洋も一体に金銭を卑しむ風習が極端に行われたようであるが、これは経済に関することは、得失という点が先に立つものであるから、ある場合には謙譲とか清廉とかいう美徳を傷つけるように観えるので、常人は時としては過失に陥りやすいから、強くこれを警戒する心懸けより、かかる教えを説く人もありて、自然と一般に風習となったものであろうと思う。
-
『論語と算盤』理想と迷信・廓清の急務なる所以かくしてますます富を殖す方にのみ相挙って進む。そこで富む人はいよいよ富む。貧しい者も富を狙おうとする。仁義道徳は旧世紀の遺物として顧みない。むしろほとんどその何物たるかを知らぬ。ただ智識だけをもって自家の富を増すに汲々乎たる有様である。腐敗に傾き、溷濁に陥り、堕落混乱を来す。もとより怪しむに足らない。勢い廓清を叫ばなければならぬ事にもなるのである。
-
『論語と算盤』人格と修養・権威ある人格養成法現代青年に取って最も切実に必要を感じつつあるものは人格の修養である。維新以前までは、社会に道徳的の教育が比較的盛んな状態であったが、西洋文化の輸入するにつれて思想界に少なからざる変革を来し、今日の有様ではほとんど道徳は混沌時代となった。すなわち儒教は古いとして退けられたから、現時の青年にはこれが十分咀嚼されておらず、というて耶蘇教が一般の道徳律になっている訳ではなおさらなし、明治時代の新道徳が別に成立したのでもないから、思想界は全くの動揺期で、国民はいずれに帰嚮してよいか、ほとんど判断にさえ苦しんでいる位である。したがって一般青年の間に人格の修養ということはほとんど閑却されているかの感なきを得ないが、これは実に憂うべき趨向である。
-
『論語と算盤』理想と迷信・日新なるを要す社会の事柄は年を逐うて進んで来るようにも見える。また学問も内からと外からと、次第次第に新しいものをもたらして来る。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る