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論語と算盤 / 教育と情誼・其罪果して孰れに在りや

併し弟子の心得方も甚だ悪いと思ふ、一般の風習が、其の師に対して敬ふといふ念が少い、他の国々の有様はよく分かりませぬが、彼の英吉利などは如何も私は子弟の間の関係が、日本の今日のやうでは無いと思ふ、但し日本でも優れた教育に従事した人が、猶ほ今私が述べた有様とは言はぬ、或る方面には中江藤樹も、木下順庵もあらうけれども、甚だ鮮い、過渡時代のため、不幸にして俄出来の先生が沢山あるから、自ら斯る弊害を惹起したのだと弁解すれば、弁疏の言葉があるけれども、苟くも人に教授する以上は、其人自身が自ら省みて余程注意して貰ひたいものであると同時に、また一方より之を十分敬ふといふ心を以て、師弟の間に情愛を以てしたいと思ふ、若し諸君の従事なさる学校の教員諸氏にも、生徒をして常に之に接触せしむるに、此く心掛けられたら、其の風儀を良くするといふことが、悉くは届かないまでも、悪いのを防ぐといふだけ位のことは、必ず為し得られるものであらうと、斯う思ふのである。

書き下し

しかし弟子の心得方も甚だ悪いと思う。一般の風習が、その師に対して敬うという念が少ない。他の国々の有様はよく分かりませぬが、かのイギリスなどはどうも私は子弟の間の関係が、日本の今日のようではないと思う。ただし日本でも優れた教育に従事した人が、なお今私が述べた有様とは言わぬ。ある方面には中江藤樹も、木下順庵もあろうけれども、甚だ少ない。過渡時代のため、不幸にしてにわか出来の先生がたくさんあるから、おのずからかかる弊害を惹起したのだと弁解すれば、弁疏の言葉があるけれども、いやしくも人に教授する以上は、その人自身が自ら省みてよほど注意してもらいたいものであると同時に、また一方よりこれを十分敬うという心をもって、師弟の間に情愛をもってしたいと思う。もし諸君の従事なさる学校の教員諸氏にも、生徒をして常にこれに接触せしむるに、かく心掛けられたら、その風儀を良くするということが、ことごとくは届かないまでも、悪いのを防ぐというだけくらいのことは、必ず為し得られるものであろうと、こう思うのである。

現代語訳

しかし弟子の心得方もたいへん悪いと思う。一般の風潮として、師を敬う気持ちが少ない。他の国々の様子はよくわからないが、あのイギリスなどでは、どうも師弟の関係が今日の日本のようではないと私は思う。もっとも日本でも、優れた教育に携わってきた人までが、今私が述べたような有様だとは言わない。ある方面には中江藤樹や木下順庵のような人もいるだろうが、ごく少ない。過渡期であるために、不幸にしてにわか仕立ての先生がたくさんいるから、自然とこうした弊害を招いたのだと弁解すれば、言い訳の言葉はあるけれども、かりにも人に教える以上は、その人自身がみずから省みて、よほど注意してもらいたい。それと同時に、弟子の側からも師を十分に敬う心をもって、師弟の間を情愛で結んでほしいと思う。もし諸君が勤めている学校の教員の方々も、生徒を常に自分に接触させるにあたってこのように心がけられたなら、学校の風儀をよくすることは、すべてとまではいかなくとも、悪くなるのを防ぐくらいのことは必ずできるだろうと、このように思うのである。

解説

師の側に責めを置いた渋沢は、ここで弟子の側に向き直る。世の風習として師を敬う念が薄い、と。明治の急速な学校拡張で教員が足りず、「俄出来の先生」が多いことも認める。だがそれを言い訳にしてはならない、人に教える以上は自ら省みよ、と教師に求め、同時に生徒には敬う心を求める。どちらか一方の責任に帰さず、双方に務めを割り振るのが渋沢の議論の癖である。末尾の「諸君の従事なさる学校の教員諸氏」という呼びかけからは、この文章が教育関係者を前にした談話をもとにしていることがうかがえる。全部は直せなくとも悪化は防げる、という控えめな見通しも実務家らしい。組織の風土も同じで、上に立つ者が自らを省み、下の者が敬意を持つとき、ようやく崩れを食い止められる。

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