呻吟語 / 序・予は乃ち九たび臂を折れり
予小子生而昏弱善病,病時呻吟,輒志所苦以自恨曰:「慎疾,無復病。」已而弗慎,又復病,輒又志之。蓋世病備經,不可勝志。一病數經,竟不能懲。語曰:「三折肱成良醫。」予乃九折臂矣。㽸痼年年,呻吟猶昨。嗟嗟!多病無完身,久病無完氣,予奄奄視息,而人也哉?
新字:予小子生而昏弱善病,病時呻吟,輒志所苦以自恨曰:「慎疾,無復病。」已而弗慎,又復病,輒又志之。蓋世病備経,不可勝志。一病数経,竟不能懲。語曰:「三折肱成良医。」予乃九折臂矣。㽸痼年年,呻吟猶昨。嗟嗟!多病無完身,久病無完気,予奄奄視息,而人也哉?
書き下し
予小子、生まれながらにして昏弱にして病を善くす。病む時に呻吟し、輒ち苦しむ所を志して以て自ら恨みて曰く、「疾を慎み、復た病むこと無かれ」と。已にして慎まず、又復た病めば、輒ち又之を志す。蓋し世の病、備さに經たれば、勝げて志す可からず。一病數〻經るも、竟に懲るる能はず。語に曰く、「三たび肱を折りて良醫と成る」と。予は乃ち九たび臂を折れり。㽸痼年年、呻吟猶ほ昨のごとし。嗟嗟、多病なれば完き身無く、久病なれば完き氣無し。予奄奄として視息す、而るに人ならんや。
現代語訳
私は生まれつき愚かで弱く、よく病気をしました。病むたびにうめき、そのつど苦しんだところを書きとめて自分を責め、体をいたわって二度と病むまい、と言いました。ところがいたわらずにまた病み、そのたびにまた書きとめる。思うに世の中の病をひととおり経てしまったので、書きとめきれないほどです。同じ病を何度も経ながら、ついに懲りることができません。ことわざに、三度腕を折れば良医になる、と言います。私は九度も腕を折りました。長わずらいは年々続き、うめき声は昨日と変わりません。ああ、病が多ければ完全な体はなく、病が長ければ完全な気力もない。私は息をしているだけで、これでも人と言えるでしょうか。
解説
著者が自分を病人として紹介する一段です。三度腕を折れば良医になるということわざを引いて、自分は九度折ったと言う。名医になるどころか、同じ失敗を繰り返してきたという告白です。ここが呻吟語の性格を決めています。これは徳を成し遂げた人が高みから説く書ではなく、直せなかった人が自分の記録として書いた書だ、と。顔氏家訓の顔之推が同じ構えを取りました。読み手を見下ろさない書き出しです。
この章句が説くこと
自省失敗反復告白記録
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