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論語と算盤 / 教育と情誼・孝は強ふべきものに非ず

父が斯る思想を以て私に対して下された為め、自然その感化を受けたものか、私も私の子に対しては父と同じやうな態度を以て臨むことにして居る、私が此く申すと少し烏滸がましくはあるが、何れかと云へば、父よりも多少優れた所があつたので、父と全く行動を異にし、父と違つた所があつて、父の如くになり得なかつたのである、私の子女等は将来如何なるものか、素より神ならぬ私の断言し得る限りでないが、今の所では、兎に角、私と違つた所がある、この方は、私と父とが違つた違ひ方と反対で、何れかと申せば劣る方である、併し此く私と違ふのを責めて、私の思ふ通りになれよ、と子女等に強ひて試みたところで、それは斯く注文して強ひる私の方が無理である、私の通りになれよ、と私に強ひられても、私のやうになれぬ子女は、どうしても成れぬ筈のものである、然るに猶ほ強ひて、子女等を総て私の思ふ通りにしやうとすれば、子女等は私の思ふ通りに成り得ぬだけのことで、不孝の子になつてしまはねばならぬ、私の思ふ通りにならぬからとて、子女等を不孝の子にして仕舞ふのは忍ぶべからざる事である。

書き下し

父がかかる思想をもって私に対して下されたため、自然その感化を受けたものか、私も私の子に対しては父と同じような態度をもって臨むことにしている。私がかく申すと少しおこがましくはあるが、いずれかと言えば、父よりも多少優れた所があったので、父と全く行動を異にし、父と違った所があって、父のごとくになり得なかったのである。私の子女等は将来いかなるものか、もとより神ならぬ私の断言し得る限りでないが、今の所では、とにかく、私と違った所がある。この方は、私と父とが違った違い方と反対で、いずれかと申せば劣る方である。しかしかく私と違うのを責めて、私の思う通りになれよ、と子女等に強いて試みたところで、それはかく注文して強いる私の方が無理である。私の通りになれよ、と私に強いられても、私のようになれぬ子女は、どうしても成れぬはずのものである。しかるになお強いて、子女等をすべて私の思う通りにしようとすれば、子女等は私の思う通りになり得ぬだけのことで、不孝の子になってしまわねばならぬ。私の思う通りにならぬからとて、子女等を不孝の子にしてしまうのは忍ぶべからざる事である。

現代語訳

父がこういう考えで私に接してくださったので、自然とその感化を受けたのか、私も自分の子に対しては父と同じような態度で臨むことにしている。こう申すと少しおこがましいが、どちらかと言えば、私は父よりも多少優れたところがあったので、父とはまったく違う行動をとり、父と違ったところがあって、父のようにはなれなかったのである。私の子どもたちが将来どうなるかは、もとより神ならぬ私に断言できることではないが、今のところは、とにかく私と違ったところがある。こちらは、私と父との違い方とは反対で、どちらかと言えば劣るほうである。しかし、このように私と違うのを責めて、私の思うとおりになれと子どもたちに強いてみたところで、それはそう注文して強いる私のほうが無理なのである。私のようになれと私に強いられても、私のようになれない子どもは、どうしてもなれないはずのものである。それなのになお強いて、子どもたちをすべて私の思うとおりにしようとすれば、子どもたちは私の思うとおりになれないというだけのことで、不孝の子になってしまわねばならない。私の思うとおりにならないからといって、子どもたちを不孝の子にしてしまうのは、忍びがたいことである。

解説

父から受けた態度を、渋沢は自分の子にも向ける。ここでの論理は率直で、少し辛辣でもある。自分は父より優れた点があったから父のようにはならなかった。自分の子は自分と違うが、それはどちらかと言えば劣る方向の違いだ、と書く。我が子を人前でこう評するのは当時の謙遜の作法でもあるが、それでも結論は変わらない。違いが上であれ下であれ、自分のようになれと強いるのは強いる側の無理であり、なれない子を不孝者にしてしまうだけだ、と。親の期待に届かない子を責めない、という姿勢は、子の能力をありのままに受け入れる覚悟でもある。渋沢家は大家族で、跡継ぎをめぐる苦労もあったことが知られるが、ここで彼は一般論として語っている。期待どおりにならない相手を責める前に、その期待そのものが無理ではないかを問え、という教えである。

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