論語と算盤 / 実業と士道・天然の抵抗を征服せよ
其の後(千八百六十九年十一月)該運河が開通して、諸国の艦船が通航を許さる〻や、欧亜の交通に一生面を開き、両者間の貿易に、航海に、軍事に、外交に一大変革を来したのである。これと同時に各国艦船は、爾来益々其の形態を大にして其の速力を加へたから、太西洋は言を竢たず、太平洋の面積も亦漸く減縮せられた事さへあるに、更に進んで西伯利亜横断鉄道が竣工したので、欧亜の交通、東西の聯絡上に一新紀元を開き、四海比隣の実が漸くにして挙らんとして居る。
書き下し
その後(千八百六十九年十一月)該運河が開通して、諸国の艦船が通航を許さるるや、欧亜の交通に一生面を開き、両者間の貿易に、航海に、軍事に、外交に一大変革を来したのである。これと同時に各国艦船は、爾来ますますその形態を大にしてその速力を加えたから、大西洋は言をまたず、太平洋の面積もまたようやく減縮せられた事さえあるに、さらに進んでシベリア横断鉄道が竣工したので、欧亜の交通、東西の聯絡上に一新紀元を開き、四海比隣の実がようやくにして挙がらんとしている。
現代語訳
その後(一八六九年十一月)その運河が開通して、各国の艦船に通航が許されると、ヨーロッパとアジアの交通に新しい局面が開け、両者の間の貿易にも、航海にも、軍事にも、外交にも大きな変革をもたらしたのである。これと同時に各国の艦船は、それ以来ますます大型化し速力を増したから、大西洋は言うまでもなく、太平洋の広さもまたしだいに縮められたことさえあるのに、さらに進んでシベリア横断鉄道が完成したので、ヨーロッパとアジアの交通、東西の連絡のうえで新しい時代が開かれ、世界中の国々が隣り合うという実がようやく挙がろうとしている。
解説
渋沢が未完成の姿を見たスエズ運河は、二年後の一八六九年に開通した。ヨーロッパとアジアの航路は喜望峰回りに比べて大きく縮み、貿易、航海、軍事、外交のすべてが変わった。船は大きく速くなり、太平洋さえ狭くなった。さらにシベリア鉄道の完成で、陸路でも東西がつながった。渋沢はこれを「四海比隣」と表す。世界中が隣近所になる、という意味である。論語顔淵篇の「四海の内、皆兄弟なり」を思わせる言い回しでもある。交通の発達を、単なる技術の進歩としてではなく、国と国との関係のあり方を変えるものとして見ている点に注意したい。距離が縮まれば、取引も競争も衝突も増える。前の章で語られた大戦も、この近さの裏面である。技術の変化を語るとき、それが人と人との関係をどう変えるかまで見ておく必要がある。
関連する章句
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『論語と算盤』実業と士道・天然の抵抗を征服せよ東洋の諺に命長ければ恥多しと言うけれども、輓近五十年間における世界交通の発達と、海運の面積の減縮とはかくのごとく顕著なるものがあって、前後ほとんど別乾坤の観あるを思えば、身、昭代に生まれたる余慶として、長寿のむしろ幸福なりしを喜ぶのである。
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『論語と算盤』実業と士道・天然の抵抗を征服せよさてそのごとく世界は広大無辺のものなれば、とても我々の人智では容易にこれを究むることのできるもので無いとしていたのである。しかるに文明の進歩とともに交通機関が発達して来たために、地球の面積は漸次に減縮せられ、最近の半世紀間においては、ほとんど隔世の感がある。顧みれば千八百六十七年、ナポレオン第三世が在位の時に当たり、フランスのパリに世界大博覧会の開かるるに際し、我が徳川幕府よりは将軍の親弟徳川民部大輔を特命使節として差遣せられ、余は随行員の一人として渡欧したのであるが、当時一行の者は横浜よりフランス郵船に乗りインド洋および紅海を経てスエズの地峡に到りしに、フランス人レセップス氏の経営に係る同所開鑿の一大工事は、すでに着手せられていたけれども、いまだ成就しなかったがため、一行は船を棄てて地峡に上り、鉄道によりてエジプトを横断し、「カイロー」を経て「アレキサンドリヤ」に出で、再び乗船して地中海を航し、横浜出帆以来五十五日にして、初めてフランスの「マルセーユ」に到着したのであった。かくて翌年の冬期に帰朝する時にそこを過ぎたが、なお運河の工事は竣成の運びに至らなかった。
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『論語と算盤』実業と士道・天然の抵抗を征服せよしかるにここに遺憾なりしは、米大陸がその半腹に帯のごとき一地峡の存するにより、地勢はために蜿蜒長蛇のごとく南北に走りて、いたずらに大西太平両海洋の聯絡を遮断することであった。そしてこの障壁を除却することについては、レセップス氏以下いずれも多大の辛酸を嘗められたのであるけれども、不幸にして比々失敗し去ったのであった。しかしそのままに終わることはあるまいと思っていると、我が東隣友邦の雄大なる経営によりて、ついにパナマ地峡開鑿の一大工事が竣成し、南北の水はすなわち相通じ、東西の半球は全く比隣と化し去らんとしつつある。
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人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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