武士道 / 第十四章 婦人の教育と地位・変革は反抗を俟たずして来る
羅馬人の母が奉家の德を失つてより、其國道德の頽廢言語に絕するに至りたるに非らずや。彼の米國改革家は、吾人に示すに果して日本女子の反抗は、即ち其由るべき歷史的發達の正路なるを以てするを得べき乎。此等は看過すべからざる大問題なり。抑も變革は反抗を俟たずして來るべく、又た來らずんばあるべからず。而して武士道制度の下に於ける婦人の地位の低卑なる、實に反抗を要するものなりし乎。吾人は今姑く爰に之を見るあらんとす。歐洲武士の『神と淑女』に奉ずるに、面從的尊敬を以てしたるを聞くや久し。されど此二語の氷炭相容れざるは、ギボンの赧顏する所にして、又たハラムは、ジウアリーの道德は鄙陋なり、女子に對する慇懃は、不義の愛を含みたりと歎ぜり。
新字:羅馬人の母が奉家の徳を失つてより、其国道徳の頽廃言語に絶するに至りたるに非らずや。彼の米国改革家は、吾人に示すに果して日本女子の反抗は、即ち其由るべき歴史的発達の正路なるを以てするを得べき乎。此等は看過すべからざる大問題なり。抑も変革は反抗を俟たずして来るべく、又た来らずんばあるべからず。而して武士道制度の下に於ける婦人の地位の低卑なる、実に反抗を要するものなりし乎。吾人は今姑く爰に之を見るあらんとす。欧洲武士の『神と淑女』に奉ずるに、面従的尊敬を以てしたるを聞くや久し。されど此二語の氷炭相容れざるは、ギボンの赧顏する所にして、又たハラムは、ジウアリーの道徳は鄙陋なり、女子に対する慇懃は、不義の愛を含みたりと嘆ぜり。
書き下し
羅馬人の母が奉家の徳を失つてより、其国道徳の頽廃、言語に絶するに至りたるに非らずや。彼の米国改革家は、吾人に示すに、果して日本女子の反抗は即ち其由るべき歴史的発達の正路なるを以てするを得べきか。此等は看過すべからざる大問題なり。抑も変革は反抗を俟たずして来るべく、又た来らずんばあるべからず。而して武士道制度の下に於ける婦人の地位の低卑なる、実に反抗を要するものなりしか。吾人は今しばらくここに之を見るあらんとす。欧洲武士の『神と淑女』に奉ずるに、面従的尊敬を以てしたるを聞くや久し。されど此二語の氷炭相容れざるは、ギボンの赧顔する所にして、又たハラムは、シヴァリーの道徳は鄙陋なり、女子に対する慇懃は不義の愛を含みたりと歎ぜり。
現代語訳
ローマ人の母が家に仕える徳を失ってから、その国の道徳の頽廃は言葉にできないほどになったではありませんか。あのアメリカの改革家は、私たちに対して、日本の女性の反抗こそが拠るべき歴史的発達の正しい道だと示すことができるでしょうか。これらは見過ごせない大問題です。そもそも変革は反抗を待たずに来るはずであり、また来なければなりません。そして武士道の制度のもとでの婦人の地位が低いことは、本当に反抗を必要とするものだったのでしょうか。私たちはしばらくここでそれを見ていきましょう。ヨーロッパの騎士が神と淑女に仕えるのに、表面だけの尊敬をもってしたと聞いて久しい。しかしこの二語が水と火のように相容れないことはギボンが赤面するところであり、またハラムも、騎士道の道徳は卑しく、女性に対する丁寧さは不義の愛を含んでいた、と嘆きました。
解説
この章句が説くこと
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易経・彖伝革(かく)は、水火相い息(け)し、二女同居して、其の志相い得ざるを革と曰う。「已日(いじつ)にして乃ち孚(まこと)とせらる」とは、革(あらた)めて之を信ずるなり。文明にして以て説(よろこ)び、大いに亨(とお)りて以て正し。革めて当たれば、其の悔い乃ち亡(な)し。天地革まりて四時(しじ)成り、湯武(とうぶ)命を革(あらた)むるは、天に順(したが)いて人に応ずるなり。革の時、大なるかな。
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『武士道』第十六章 武士道の命脈・己の最善を他の最悪に比す此の英断快挙たる、それ或は之を施すに其地あらん。布哇を見よ、聞くならく、基督教の彼国に於けるや、伝道軍は其国土の富源を鹵獲し、土人を滅絶して全捷を占むるを得たりと。然るに此挙の如きは、断じて之を日本に行ふことを得ず。否、此挙は基督の王国を此世に建設せんとするに於て、必ずや取らざる所なり。吾人はここに、敬虔なる基督教徒にして、又た学殖深遠なる一賢哲の言を銘記するを可とす。ジョウェット教授曰く、『人は此世界を異教徒と基督教徒とに二分し、而して一者に隠れたる善美と、他者に混ぜる醜悪との量を算へず。彼等は己れの有する最善なるものを挙げて、其隣人の有する最悪なるものに比し、基督教の理想を以て希臘もしくは東洋の敗徳に較す』。
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孫子・九地篇帥いて之と期するや、高きに登りて其の梯を去るが如し。帥いて之と深く諸侯の地に入りて、其の機を発すること、舟を焚き釜を破り、群羊を駆るが若し。駆りて往き、駆りて来たり、之く所を莫知らしむ。三軍の衆を聚めて、之を険に投ず。此を将軍の事と謂う。
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『塩鉄論』遵道篇丞相史曰く、西施の美を說くは容に益無く、堯・舜の德を道うは治に益無し。今文學は治を為す所を言わずして、以て之を治むるの功無きを言う、猶お耕田の方を言わずして、富人の囷倉を美とするがごとし。夫れ粟を欲する者は時を務め、治を欲する者は世に因る。故に商君の昭然として獨り存亡を見て世俗と同じくすべからざる者は、其の功を沮みて近きを多しとするが為なり。庸人は其の故に安んじ、愚者は聞く所を果とす。故に舟車の治は、民をして三年にして後に之に安んぜしむ。商君の法立ちて、然る後に民之を信ず。孔子曰く、『與に共に學ぶべきも、未だ與に權るべからず』と。文學は繩を扶け刻に循わしむべし、與に道術の外を論ずる所に非ざるなり。
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『塩鉄論』遵道篇丞相史進みて曰く、晉の文公は譎にして正ならず、齊の桓公は正にして譎ならず、由る所同じからざるも、俱に霸に歸す。而るに必ず古に隨いて革めず、故に襲いて改めざれば、是れ文質變ぜずして、椎車尚お在るなり。故に或いは之を作り、或いは之を述ぶ、然る後に法令は民に調い、器械は用に便なり。孔子は三君に對して意を殊にし、晏子は三君に相たりて道を異にす、茍くも相い反するに非ず、務むる所の時異なればなり。公卿は既に大業の路を定め、不竭の本を建つ、願わくは細故の語を顧みて、儒・墨の論に牽かるる無からんことを。
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『塩鉄論』錯幣篇大夫曰く、湯・文は衰を繼ぎ、漢は弊に乘じて興る。一質一文は、茍くも常を易うるに非ざるなり。俗弊れて法を更むるは、古を變ずるを務むるに非ざるなり、亦た失を救い衰を扶くる所以なり。故に教は俗と改まり、弊は世と易わる。夏后は玄貝を以てし、周人は紫石を以てし、後世は或いは金錢刀布たり。物極まりて衰うるは、終始の運なり。故に山澤に徵無ければ、則ち君臣利を同じくし、刀幣に禁無ければ、則ち奸貞並び行なわる。夫れ臣富めば則ち相い侈り、下利を專らにすれば則ち相い傾くなり。