論語と算盤 / 実業と士道・相愛忠恕の道を以て交はるべし
就中余の感を惹きしは、支那に於ては上流社会あり下層社会あるに拘はらず、其の中間に於ける国家の中堅をなす中流社会の存在せざる事と、識見人格共に卓越せる人物が少いと云ふ訳ではないけれども、国民全体として観察するときは、個人主義利己主義が発達して、国家的の観念に乏しく、真個国家を憂ふるの心に欠けたることにて、一国中に中流社会の存せざると、国民全般に国家的観念に乏しきとは、支那現今の大欠点なりと謂ふべきである。
書き下し
なかんずく余の感を惹きしは、支那においては上流社会あり下層社会あるにかかわらず、その中間における国家の中堅をなす中流社会の存在せざる事と、識見人格ともに卓越せる人物が少ないという訳ではないけれども、国民全体として観察するときは、個人主義利己主義が発達して、国家的の観念に乏しく、真個国家を憂うるの心に欠けたることにて、一国中に中流社会の存せざると、国民全般に国家的観念に乏しきとは、支那現今の大欠点なりと謂うべきである。
現代語訳
とりわけ私の心に残ったのは、中国には上流社会も下層社会もあるのに、その中間にあって国家の中堅をなす中流社会が存在しないことと、見識や人格の優れた人物が少ないわけではないが、国民全体として見ると、個人主義や利己主義が発達して国家という観念に乏しく、本当に国を憂える心に欠けていることである。一国の中に中流社会が存在しないことと、国民全般に国家的な観念が乏しいこととは、現在の中国の大きな欠点であると言うべきである。
解説
視察で渋沢が最も強く感じたのは二つだった。国家の中堅となる中流社会がないこと、そして国民全体として国家の観念が乏しいこと。優れた人物がいないわけではない、と断ったうえでの指摘である。渋沢がここで中流社会を重く見るのは、彼自身が日本で目指してきたものと重なるからだ。武士でも大名でもない農民の出で、商工業者の地位を引き上げ、合本組織によって多くの人が事業に参加できる仕組みを作ってきた。厚い中間層こそが国の中堅だ、というのが彼の実感である。当時の中国は辛亥革命後の混乱期にあり、ここでの評価は一時点の外からの観察で、国民性の断定には時代の限界もある。それでも、社会の中間を担う層が薄いと公共への関心が育たない、という見方は、国の話としても組織の話としても今に通じる。
関連する章句
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『論語と算盤』仁義と富貴・真正の利殖法されば利殖を主義とするか、己れさえ利すればよろしい、人は構わぬという方の主義に基づいてやって行くか、今いう隣国のある一部分、元の当時の有様はそれである。人は構わぬ己れさえよければよい、国家は構わぬ、自己さえよければよい、その極国家はいかなる権利を失い、いかなる名声を落とすとも、個人の発達を考えて国家を顧みる人は、ほとんど稀だという有様である。宋の時代には前述の道徳仁義について国を亡ぼしたし、今日はまた利己主義において身を危うすると言わねばならぬのである。これは独り我が隣国ばかりでない、他の国々も皆同一であって、つまり利を図るということと、仁義道徳たる所の道理を重んずるという事は、並び立って相異ならん程度において始めて国家は健全に発達し、個人はおのおのその宜しきを得て富んで行くというものになるのである。
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『論語と算盤』実業と士道・文明人の貪戻吾人はすべからく進んで支那の富源を開発し、その産業を進め、その販路を拡めて、通商上の利益を増加するように心掛けねばならぬ。我が国民の今日まで支那に対する商工業経営の態度を見るに、とかく個々別々であって、その間に少しも聯絡がない。ドイツの政治経済機関が統一して密接な関係を保っているのを見るにつけても、我が国民がこの歴史的においても、はたまた人種的においても、幾多の便宜を有する国柄なるにかかわらず、彼らの後えに瞠若たるようではならぬ。そしてこの覚悟は特に我が青年に対して最も望ましき所である。どうか今日の青年諸氏はかかる所に注目して力を入れてもらいたいのである。
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『論語と算盤』実業と士道・相愛忠恕の道を以て交はるべし商業の真個の目的が有無相通じ、自他相利するにあるごとく、殖利生産の事業も道徳と随伴して、初めて真正の目的を達するものなりとは、余の平素の持論にして、我が国が支那の事業に関係するに際しても、忠恕の念をもってこれに臨み、自国の利益を図るはもちろんながら、併せて支那をも利益する方法に出ずるにおいては、日支間に真個提携の実を挙ぐることは、決して難い事ではない。
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『論語と算盤』実業と士道・相愛忠恕の道を以て交はるべしこれについてまず試みるべきは開拓事業であって、すなわち支那の富源を拓き天与の宝庫を展開して、その国富を増進せしむるにある。そしてこれが経営の方法は、両国民の共同出資による合弁事業となすが最良法である。ひとり開拓事業にとどまらず、その他の事業においてもまたその組織は日支合弁事業とするのである。かくするにおいては日支間に緊密なる経済的連鎖を生じ、したがって両国間に真個の提携をなし得るのである。余の関係せる中日実業会社は、この意味において発起設立せられたるものにて、その成功を期せんとする所以もまたここに存するのである。
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『論語と算盤』理想と迷信・斯の如き矛盾を根絶すべし一体文明とはいかなる意義のものであるか、要するに今日の世界はまだ文明の足らないのであると思う。かく考えると、私は今日の世界に介在して将来我が国家をいかなる風に進行すべきか、また我々はいかに覚悟してよいか、やむ事を得ずばその渦中に入って弱肉強食を主張するよりほかの道はないか、ぜひこれに処する一定の主義を考定して、一般の国民と共にこれによって行くようにしたいと思う。
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