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論語と算盤 / 実業と士道・相愛忠恕の道を以て交はるべし

商業の真個の目的が有無相通じ、自他相利するにある如く、殖利生産の事業も道徳と随伴して、初めて真正の目的を達するものなりとは、余の平素の持論にして、我国が支那の事業に関係するに際しても、忠恕の念を以て之に蒞み、自国の利益を図るは勿論ながら、併せて支那をも利益する方法に出づるに於ては、日支間に真個提携の実を挙ぐることは、決して難い事ではない。

書き下し

商業の真個の目的が有無相通じ、自他相利するにあるごとく、殖利生産の事業も道徳と随伴して、初めて真正の目的を達するものなりとは、余の平素の持論にして、我が国が支那の事業に関係するに際しても、忠恕の念をもってこれに臨み、自国の利益を図るはもちろんながら、併せて支那をも利益する方法に出ずるにおいては、日支間に真個提携の実を挙ぐることは、決して難い事ではない。

現代語訳

商業の本当の目的が、有る無しを融通し合い、自分と相手が共に利することにあるのと同じく、利を殖やし物を生む事業もまた、道徳を伴ってはじめて本当の目的を達する——これが私の日ごろの持論である。我が国が中国の事業に関わるときも、忠恕の心をもって臨み、自国の利益を図るのはもちろんだが、あわせて相手の国をも利する方法を取るのであれば、両国のあいだに真の提携を実現することは、決して難しいことではない。

解説

渋沢は日中の提携の方策を、論語の一章に求めた。人情を理解し、己の欲せざる所を人に施さない——相愛忠恕の道である。具体策として彼が挙げたのは、両国民の共同出資による合弁事業だった。自ら関わった中日実業会社もこの考えで設立されている。自国の利益を図るのは当然としたうえで、相手の国も利する方法を取れ、という条件の置き方が要点である。片方だけが利する取引は提携ではなく収奪であって、続かない。なお原文の「支那」は当時の中国を指す語で、底本のまま収めている。同じ章で渋沢は、期待が高かっただけに現地で失望も深かったと率直に書いてもいる。

この章句が説くこと

相愛忠恕有無相通ず自他相利する合弁事業

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

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