論語と算盤 / 理想と迷信・斯の如き矛盾を根絶すべし
一体文明とは如何なる意義のものであるか、要するに今日の世界は尚だ文明の足らないのであると思ふ、斯く考へると、私は今日の世界に介在して将来我が国家を如何なる風に進行すべきか、又我々は如何に覚悟して宜いか、已む事を得ずば其の渦中に入つて弱肉強食を主張するより外の道はないか、是非これに処する一定の主義を考定して、一般の国民と共に之に拠りて行くやうにしたいと思ふ、
書き下し
一体文明とはいかなる意義のものであるか、要するに今日の世界はまだ文明の足らないのであると思う。かく考えると、私は今日の世界に介在して将来我が国家をいかなる風に進行すべきか、また我々はいかに覚悟してよいか、やむ事を得ずばその渦中に入って弱肉強食を主張するよりほかの道はないか、ぜひこれに処する一定の主義を考定して、一般の国民と共にこれによって行くようにしたいと思う。
現代語訳
いったい文明とはどういう意味のものなのか。要するに、今日の世界はまだ文明が足りないのだと思う。そう考えると、私は今日の世界の中にあって、将来わが国をどのように進めていくべきか、また我々はどのように覚悟すればよいのか、やむを得なければその渦中に入って弱肉強食を主張するよりほかに道はないのか、と考える。ぜひともこれに対処する一定の主義を考え定め、国民一般とともにそれに拠って進んでいけるようにしたいと思う。
解説
大戦を前にして、渋沢は「文明とは何か」と問い直す。機械や兵器がどれほど進んでも、強い者が無理を押し通す世界は文明が足りないのだ、というのが彼の答えである。文明を物質の進歩ではなく道理の行き渡り方で測る見方は、福沢諭吉が『文明論之概略』で文明を人の智徳の進歩と説いたのとも響き合う。そのうえで渋沢は、日本はどう進むべきか、自分たちも渦中に入って弱肉強食を主張するしかないのか、と自らに問う。答えを急がず、まず一定の主義を考え定め、それを国民一般と共有して進みたいと言う。この問いは章の結びで、己の欲せざる所は人に施さず、他国に甚だしい迷惑をかけない範囲で自国の隆興を図る、という方針として答えられる。周りが力任せに動いているとき、自分も同じやり方に乗るのか、別の主義を立てるのか。業界の慣行が荒れているときの企業にも、同じ選択が迫られる。
関連する章句
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『論語と算盤』理想と迷信・斯の如き矛盾を根絶すべし我々はあくまでも己れの欲せざる所は人にも施さずして、東洋流の道徳を進め、いや増しに平和を継続して、各国の幸福を進めて行きたいと思う。少なくとも他国に甚だしく迷惑を与えない程度において、自国の隆興を計るという道がないものであるか。もし国民全体の希望によって、自我のみ主張する事を止め、単に国内の道徳のみならず、国際間において真の王道を行うという事を思うたならば、今日の惨害を免れしめることが出来ようと信ずる。
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『論語と算盤』理想と迷信・斯の如き矛盾を根絶すべししかるに今日ヨーロッパの戦争の有様は、細かに承知はしないが、実に惨澹たる有様である。ことにドイツの行動のごときは、いわゆる文明なるものはいずれにあるか分からぬというような次第である。けだしその根源は、道徳というものが国際間に遍く通ずることが出来ないで、ついにここに至ったものと思う。果たしてしからばおよそ国たるものはかかる考えをもってのみ、その国家を捍衛して行かねばならぬものであるが、何とか国際の道徳を帰一せしめて、いわゆる弱肉強食ということは、国際間に通ずべからざるものとなさしむる工夫が無いものであろうか。畢竟政治を執る人、および国民一般の観念が、相共に自己の勝手我がままを増長するという慾心が無かったならば、かくのごとき惨虐を生ぜしむることは無かろうけれども、一方が退歩すると他方が遠慮なく進歩して来るようでは、こちらも進まなければならぬから、勢い相争うようになり、結局戦争せねばならぬことになる。
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『論語と算盤』理想と迷信・真正なる文明ゆえに真正の文明ということは、すべての制度文物の具備と、それから一般国民の人格と智能とによりて始めて言い得るだろうと思う。かく観察すれば、もはや貧富ということは論ぜぬでも、文明という中には自ずと富の力が加わっていると見てよろしいけれども、形式と実力とは必ずしも一致するものにあらずして、形式が文明であっても実力は貧弱、これは甚だ不権衡の言ではあるけれども、必ず無いとは言われない。ゆえに曰く、真正の文明は強力と富実とを兼ね備えるものでなければならぬ。
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『論語と算盤』理想と迷信・真正なる文明文明と野蛮という文字は相対的で、いかなる現象を野蛮といい、いかなる現象を文明というか、その限界は随分難しいけれども、要するに比較的のものであるから、ある文明はさらに進んだ文明から見ると、やはり野蛮たるを免れないと同時に、ある野蛮はそれより一層甚だしい野蛮に対すると文明と言える訳になるけれども、今日これを論ずるに当たりては、ただ一の空理にあらずして実現されている所のものを例とするより外はない。ただし一郷、一都市についても文化の程度を異にするけれども、まず一国を標準とするのが文明野蛮という文字に相応しいと思う。私は世界各国の歴史、もしくは現状を詳細に調べておらぬから、細密なるお話は出来ぬけれども、イギリスとかフランスとかドイツとかアメリカとかいう国々は、今日世界の文明国と言うて差支えないであろう。その文明なるものは何であるかと言うに、国体が明確になっていて、制度が儼然と定まって、そしてその一国を成すに必要なるすべての設備が整うて、もちろん諸法律も完備し、教育制度も行き届いている。
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『論語と算盤』理想と迷信・真正なる文明文明の治具を張るために、富実の力を減損するは今日の大なる憂いである。およそ国を成すはただ富みさえすればよいという訳に行かぬ。文明の治具を張るために、富力の一部を犠牲に供するということはやむを得ぬであろう。換言すれば、一国の体面を保つため、一国の将来の繁盛を図るため陸海軍の力を張らねばならぬ。内治にも外交にも、種々の国費を支出せねばならぬ。すなわち一国の治具のためには、その財源を多少減損するということは、勢い免れぬことであるけれども、それが激しく一方に偏すると、ついに文明貧弱にならぬとは言えぬ。もしも文明貧弱に陥ったら、百般の治具は皆虚形となり、遠からずして文明は野蛮と変化する。かく考えると、文明をして真の文明たらしむるには、その内容をして富実、強力、この二者の権衡を得せしめねばならぬ。我が帝国において今日最も患うる所は、文明の治具を張るために、富実の根本を減損して顧みぬ弊である。これは上下一致、文武協力してその権衡を失わぬよう勉励せねばならぬと思う。
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『論語と算盤』理想と迷信・道徳は進化すべきか思うに二十四孝の教旨のごときは、仮設のものにて的例にはなり難きも、善事ということについては、見方が世の進歩と共に色々に変わるということがありませぬか。もしある物質について考えたら、すなわち電気もなく蒸気も無かった時のことを今日から回想して、ほとんど並べ較べにならぬようになる。ゆえに道徳というものもそのようにまで変化するものであれば、昔の道徳というものはあまりに尊重すべき価値は無くなるが。
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