導師導古典を学びたいすべての人に

論語と算盤 / 実業と士道・相愛忠恕の道を以て交はるべし

されば唐虞三代より殷周時代の絢爛たる文華を史籍に依りて窺ひ、これが想像を逞しうして、今次(大正三年春)支那の地を蹈み、実際に就き民情を察するに及び、恰かも精緻巧妙を極めたる絵画によりて美人を想像し、実物に就き親しく之を見るに方り、始めて其の想像に及ばざるの恨を懐くと等しく、初め想像の高かりしだけ失望の度も深く、逆施倒行とも言ふべきか、余をして儒教の本場たる支那の到る処にて、屢〻論語を講ずるの奇観をさへ呈せしめたのである。

新字:されば唐虞三代より殷周時代の絢爛たる文華を史籍に依りて窺ひ、これが想像を逞しうして、今次(大正三年春)支那の地を蹈み、実際に就き民情を察するに及び、恰かも精緻巧妙を極めたる絵画によりて美人を想像し、実物に就き親しく之を見るに方り、始めて其の想像に及ばざるの恨を懐くと等しく、初め想像の高かりしだけ失望の度も深く、逆施倒行とも言ふべきか、余をして儒教の本場たる支那の到る処にて、屡〻論語を講ずるの奇観をさへ呈せしめたのである。

書き下し

されば唐虞三代より殷周時代の絢爛たる文華を史籍によりて窺い、これが想像を逞しゅうして、今次(大正三年春)支那の地を踏み、実際について民情を察するに及び、あたかも精緻巧妙を極めたる絵画によりて美人を想像し、実物について親しくこれを見るに当たり、始めてその想像に及ばざるの恨みを懐くと等しく、初め想像の高かりしだけ失望の度も深く、逆施倒行とも言うべきか、余をして儒教の本場たる支那の到る処にて、しばしば論語を講ずるの奇観をさえ呈せしめたのである。

現代語訳

そういうわけで、堯・舜・三代から殷・周の時代にかけての絢爛たる文化を歴史書で知り、想像を大いにふくらませて、このたび(大正三年春)中国の地を踏み、実際に民情を観察してみると、ちょうど精緻を極めた絵によって美人を思い描き、実物に会って親しく見たとき、はじめて想像に及ばないことを残念に思うのと同じで、初めの想像が高かっただけ失望の度も深かった。道理に逆らったあべこべとでも言うべきか、儒教の本場である中国の至る所で、私がしばしば論語を講じるという奇妙な光景さえ呈することになったのである。

解説

大正三年春、渋沢は中国を訪れた。前の段で語った書物の中の中国と、実際に見た中国との落差が、ここで率直に書かれる。絵で見た美人に会ってがっかりする、という比喩はいかにも生々しい。想像が高かっただけ失望も深い、と。そして儒教の本場で日本人の自分が論語を講じて回るという、あべこべの光景になった。逆施倒行は『史記』伍子胥列伝に出る語で、道理に逆らった行いを指す。渋沢はこれを自嘲とも皮肉ともつかない調子で使っている。ここには当時の日本人が抱いた中国観の一面が表れていて、今読めば一方的な見方でもある。ただ、自分の想像と現実のずれを隠さず書く姿勢は一貫している。理想を掲げる人ほど、現実を見たときの失望を正直に言葉にできるかが問われる。

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る