論語と算盤 / 実業と士道・相愛忠恕の道を以て交はるべし
余が史籍を通じて尊敬し居る支那は、主として唐虞三代より後きも殷周時代であつて、当時は支那の文化最も発達し、光彩陸離たる時代である、但し科学的智識に至りては、当時の史籍に掲げられたる天文の記事の如き、今日の学理に合せずと言はるれども、百事を現在の支那に比較して、今日の昔時に及ばざる感あるは当然のことである、其の後、西東漢、六朝、唐、五代、宋、元、明、清に及び、謂ゆる二十一史にて通覧せる所に依るも、各朝に大人物の輩出せるは言はずもがな、秦に万里の長城あり、隋に煬帝の大運河あり、当時是等の大事業の目的が那辺に存せしかは暫く措き、其の規模の宏大なる、到底今日の企て及ぶ所ではない、
書き下し
余が史籍を通じて尊敬している支那は、主として唐虞三代より後きも殷周時代であって、当時は支那の文化最も発達し、光彩陸離たる時代である。ただし科学的智識に至りては、当時の史籍に掲げられたる天文の記事のごとき、今日の学理に合せずと言わるれども、百事を現在の支那に比較して、今日の昔時に及ばざる感あるは当然のことである。その後、西東漢、六朝、唐、五代、宋、元、明、清に及び、いわゆる二十一史にて通覧せる所によるも、各朝に大人物の輩出せるは言わずもがな、秦に万里の長城あり、隋に煬帝の大運河あり、当時これらの大事業の目的が那辺に存せしかはしばらく措き、その規模の宏大なる、到底今日の企て及ぶ所ではない。
現代語訳
私が歴史書を通じて尊敬している中国は、主として堯・舜と夏・殷・周の三代、下っても殷・周の時代であって、当時は中国の文化が最も発達し、光り輝いていた時代である。ただし科学的な知識については、当時の歴史書に載っている天文の記事などは今日の学理に合わないと言われるけれども、あらゆることを現在の中国と比べて、今が昔に及ばないと感じるのは当然のことである。その後、前漢・後漢、六朝、唐、五代、宋、元、明、清に至るまで、いわゆる二十一史で通して見たところによっても、各王朝に大人物が次々に出たことは言うまでもなく、秦には万里の長城があり、隋には煬帝の大運河がある。当時これらの大事業の目的がどこにあったかはしばらく置くとして、その規模の広大さは、とうてい今日の企てが及ぶところではない。
解説
関連する章句
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『論語と算盤』実業と士道・相愛忠恕の道を以て交はるべしされば唐虞三代より殷周時代の絢爛たる文華を史籍によりて窺い、これが想像を逞しゅうして、今次(大正三年春)支那の地を踏み、実際について民情を察するに及び、あたかも精緻巧妙を極めたる絵画によりて美人を想像し、実物について親しくこれを見るに当たり、始めてその想像に及ばざるの恨みを懐くと等しく、初め想像の高かりしだけ失望の度も深く、逆施倒行とも言うべきか、余をして儒教の本場たる支那の到る処にて、しばしば論語を講ずるの奇観をさえ呈せしめたのである。
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『論語と算盤』成敗と運命・失敗らしき成功支那で聖賢といえば、堯舜がまず初まりで、それから禹湯文武周公孔子となるのであるが、堯舜とか禹湯とか文武周公とかいう人達は、同じ聖賢の中でも、いずれも皆今の言葉でいう成功者で、生前においてつとに既に見るに足るべき治績を挙げ、世人の尊崇を受けて死んだ人々である。これに反し、孔夫子は今の言葉のいわゆる成功者ではない。生前は無辜の罪に遭って陳蔡の野に苦しめられたり、随分、艱難ばかりをなめられたもので、これという見るべき功績とても社会上にあった訳ではない。しかし千載の後、今日になってみると、生前に治績を挙げた成功者の堯舜禹湯文武周公よりも、一見その全生涯が失敗不遇のごとくに思われた孔子を崇拝する者の方がかえって多く、同じく聖賢の内でも、孔夫子が最も多く尊崇せられている。
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『論語と算盤』成敗と運命・失敗らしき成功支那という国の民族気質には一種妙な所があって、英雄豪傑の墳墓などは粗末にしておいて、毫も怪しまず平然たり得る傾向がある。しかし友人にして支那の事情に通ぜらるる白岩君に面会して親しく聞いた所や、また白岩君が「心の花」に寄せられた紀行などを読んでも明らかに知られるように、曲阜にある孔夫子の廟ばかりは、さすがの支那人もこれをすこぶる鄭重に保存して、善美壮厳を極め、夫子の後裔も今なお現存して、一般より非常なる尊敬を受けているとのことである。しからば孔夫子が生前において堯舜禹湯文武周公のごとき政治上に見るべき功績を挙げて、高き位に居るまでに至らず、その富も天下をたもつというまでになれずに、今の言葉でいう成功をしなかった事は、決して失敗でないのである。これがかえって真の成功と言うべきものである。
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『論語と算盤』実業と士道・相愛忠恕の道を以て交はるべしなかんずく余の感を惹きしは、支那においては上流社会あり下層社会あるにかかわらず、その中間における国家の中堅をなす中流社会の存在せざる事と、識見人格ともに卓越せる人物が少ないという訳ではないけれども、国民全体として観察するときは、個人主義利己主義が発達して、国家的の観念に乏しく、真個国家を憂うるの心に欠けたることにて、一国中に中流社会の存せざると、国民全般に国家的観念に乏しきとは、支那現今の大欠点なりと謂うべきである。
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『論語と算盤』実業と士道・相愛忠恕の道を以て交はるべし日支間は同文同種の関係あり。国の隣接せる位置よりするも、はたまた古来よりの歴史よりいうも、また思想、風俗、趣味の共通せる点あるに徴するも、相提携せざるべからざる国柄なり。然らばいかにして提携の実を挙ぐべきか。その方策他なし。人情を理解し、己の欲せざる所はこれを人に施さず、いわゆる相愛忠恕の道をもって相交わるにあり。すなわちその方策は論語の一章にありと謂うべきである。
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『慎思録』巻之五古昔中夏三代の盛世は、固より万世の当に法傚すべき所にして、後世の及ぶべからざるのみ。周亡びて以降、漢の文帝・光武・唐の太宗等の数君の如き、其の徳其の治、三代の聖主に及ばずと雖も、亦稀に出づる所の英主なり。其の恭倹忠厚、諫を納れ善を好むが如き、百世の法と為すべきなり。其の余の季世の庸君の世出でて、昏乱相継ぐが如し。然らば則ち今人の談論を做すに、妄りに古を是とし今を非とすることを意ふべからず。此れ忠厚の道に非ず。且つ古昔の世に汚隆有り、主に賢否有ることを思ふべし。古の及ぶべからざる者は、其の時の隆んなる、其の主の賢なるに因りて然るのみ。一概に古に及ぶべからずと為して尚論すべからず。後世に至りて、苟も狂妄の学士の漫りに古を是とし今を非とする者有りて、忌諱を避けずして之を誹議すれば、吾恐らくは時君其の怒りに任へざるの禍有らんことも、亦未だ知るべからず。後世の学者は須らく是の邦に居りて其の大夫を非らずの慎みを思ふべし。吾輩幸ひに太平の世に生まれ、治化の中に浴し、安閑に居りて恣に詩書を読み、終身干戈を事とせず。誠に是れ人生の一大幸事なるかな。学者常に斯の楽しみを楽しむべし。偏に古を慕ひて今を議すべからざるなり。
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