論語と算盤 / 実業と士道・文明人の貪戻
何れの国家に於ても、自国の商工業を発達せしめんとするには、海外に我が国産の販路を求め、人口の増殖するに於ては領土を拡むることを講ずるのみならず、様々なる策略を以て自己の勢力の増大を図るのである、現に欧洲列強が五大洲に雄飛して居る所以は、全く是等の事情に由るものであつて、優越なる位地を占むるものは、特に優越なる国家と称せらる〻のである、彼の独逸皇帝今囘の行動の如き、此点より企図せられたものであると思はれる、従来皇帝が内地の殖産に、海外の殖民に留意せらる〻ことは容易ならざるものにて、若しも少しく其点に就て注意するならば、何人と雖も、皇帝が何故に此くまで仔細に心を労せられるかと云ふことを感ぜずには居られまい、例へば、英仏に対する商工業の競争は勿論、日露戦後、日本雑貨が各地に歓迎さる〻を見れば、直ちに之を模造する、
書き下し
いずれの国家においても、自国の商工業を発達せしめんとするには、海外に我が国産の販路を求め、人口の増殖するにおいては領土を拡むることを講ずるのみならず、様々なる策略をもって自己の勢力の増大を図るのである。現に欧州列強が五大州に雄飛している所以は、全くこれらの事情によるものであって、優越なる地位を占むるものは、特に優越なる国家と称せらるるのである。かのドイツ皇帝今回の行動のごとき、この点より企図せられたものであると思われる。従来皇帝が内地の殖産に、海外の殖民に留意せらるることは容易ならざるものにて、もしも少しくその点について注意するならば、何人といえども、皇帝がなにゆえにかくまで仔細に心を労せられるかということを感ぜずにはいられまい。例えば、英仏に対する商工業の競争はもちろん、日露戦後、日本雑貨が各地に歓迎さるるを見れば、直ちにこれを模造する。
現代語訳
どの国家でも、自国の商工業を発達させようとするなら、海外に自国の産物の販路を求め、人口が増えれば領土を広げることを考えるばかりでなく、さまざまな策略を用いて自国の勢力の拡大を図るものである。現にヨーロッパの列強が五大陸に雄飛しているのは、まったくこうした事情によるのであって、優越した地位を占める国が、とりわけ優れた国家と呼ばれるのである。あのドイツ皇帝(ヴィルヘルム二世)の今回の行動なども、この点から企てられたものと思われる。これまで皇帝が国内の産業振興や海外の植民に気を配ってきたことは並大抵ではなく、もし少しでもその点に注意して見れば、誰であっても、皇帝がなぜこれほど細かく心を砕くのかと感じずにはいられないだろう。たとえば、イギリスやフランスとの商工業の競争はもちろん、日露戦争のあと日本の雑貨が各地で歓迎されるのを見れば、ただちにこれを模造する。
解説
関連する章句
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『論語と算盤』実業と士道・文明人の貪戻総じて学術技芸には能う限りの保護と便利とを与え、商工業は常に政治兵備と相聯絡し、中央銀行のごときも力を尽して商工業の便宜、資金の融通を計るというように、いかに彼ら上下一致して富国に従事しているかが窺知し得られる。またその学問においても化学、発明、技術、精妙、実に行き届くことは一通りではない。それは今回の戦乱のために、遠き我が国のごときをして、薬品染料等の欠乏に窮せしめたる事実に見るも、彼の国の力が世界の隅々まで及んでいることが分かる。ゆえに自国の拡大のみを企図する貪戻心は実に厭うべきであるが、官民一致その国の富強を勉むるの努力は感服の外はないのである。
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『論語と算盤』理想と迷信・斯の如き矛盾を根絶すべししかるに今日ヨーロッパの戦争の有様は、細かに承知はしないが、実に惨澹たる有様である。ことにドイツの行動のごときは、いわゆる文明なるものはいずれにあるか分からぬというような次第である。けだしその根源は、道徳というものが国際間に遍く通ずることが出来ないで、ついにここに至ったものと思う。果たしてしからばおよそ国たるものはかかる考えをもってのみ、その国家を捍衛して行かねばならぬものであるが、何とか国際の道徳を帰一せしめて、いわゆる弱肉強食ということは、国際間に通ずべからざるものとなさしむる工夫が無いものであろうか。畢竟政治を執る人、および国民一般の観念が、相共に自己の勝手我がままを増長するという慾心が無かったならば、かくのごとき惨虐を生ぜしむることは無かろうけれども、一方が退歩すると他方が遠慮なく進歩して来るようでは、こちらも進まなければならぬから、勢い相争うようになり、結局戦争せねばならぬことになる。
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『論語と算盤』実業と士道・文明人の貪戻吾人はすべからく進んで支那の富源を開発し、その産業を進め、その販路を拡めて、通商上の利益を増加するように心掛けねばならぬ。我が国民の今日まで支那に対する商工業経営の態度を見るに、とかく個々別々であって、その間に少しも聯絡がない。ドイツの政治経済機関が統一して密接な関係を保っているのを見るにつけても、我が国民がこの歴史的においても、はたまた人種的においても、幾多の便宜を有する国柄なるにかかわらず、彼らの後えに瞠若たるようではならぬ。そしてこの覚悟は特に我が青年に対して最も望ましき所である。どうか今日の青年諸氏はかかる所に注目して力を入れてもらいたいのである。
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『論語と算盤』実業と士道・文明人の貪戻翻って我が国の商工業を見るに、多くは不統一にして振るわず、ことに戦乱の影響を受け、生糸の値は下落し、綿糸綿布の販路は渋滞し、総じて取引は萎靡し、有価証券の価は下落し、新たなる事業は起こらざるの状態にある。しかし早晩これらは恢復することも予想に難くないのであるから、この際一時の困難は堪え難くとも、当業者は大いに勇気を起こさねばならぬ所である。また一方にはこの事変は大いに乗ぜざるべからざる好時機と思う。今日我が実業家は目前の不景気に畏縮するようであるけれども、それははなはだ無気力の行為である。ただその着目を誤らぬようにして戦中十分なる研究を積み、漸次実物の効果のあるように努めて行きたいのである。ことに支那に対する商工業のごときは、境は接近している。人情風俗ともに欧米人に比すれば縁故最も深いのである。しかるにその関係においては、往々にして他列強に比して大いに遜色あるは実に心細い極みである。
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『論語と算盤』実業と士道・文明人の貪戻全欧の事変について初め私の予想は全く外れた。すでにその観察を誤った私は、将来もまた見込み違いをするであろうと恐懼している。しかしながら私の観察の誤った所以は、私の予想以上に暴虐の人があったからである。いわゆる「一人貪戻なれば、一国乱をなす」という古訓が、事実として全欧州に現われて来たからである。文明の世にはあり得べからざるものとの想像が過誤の観察となったのである。はたして然らば、私の智の到らざりしがためでもあろうが、私はかえって文明人の貪戻なる結果ではなかろうかと、冷笑せざるを得ないのである。
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『論語と算盤』理想と迷信・斯の如き矛盾を根絶すべしことさらその間に人種関係もあり、国境関係もありましょうから、ある一国が他の一国に対して勢力を張るのはその意を得ない。これを止めるには平和ではいけぬというので、ついに相争うようになるのである。けだし己の欲する所を人に施さないのであって、ただ我を募り慾を恣にし、強い者が無理の申し分を押し通すというのが今日の有様である。
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