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福翁自伝 / 王政維新・幕府の攘夷主義(2)

是等の事実を見ても、井伊大老は真実間違いもない徳川家の譜代、豪勇無二の忠臣ではあるが、開鎖の議論に至ては、真闇な攘実家と云うより外に評論はない。唯その徳川が開国であると云うのは、外国交際の衝に当て居るから余儀なく渋々開国論に従て居た丈けの話で、一幕捲て正味の楽屋を見たらば大変な攘夷藩だ。こんな政府に私が同情を表することが出来ないと云うのも無理はなかろう。先ずその時の徳川政府の頑固な一例を申せば斯う云うことがある。私がチエーンバーの経済論を一冊持て居て、何か話の序に御勘定方の有力な人、即ち今で申せば大蔵省中の重要の職に居る人にその経済書の事を語ると、大造悦んで、ドウか目録だけでも宜いから是非見たいと所望するから、早速飜訳する中に、コンペチションと云う原語に出遭い、色々考えた末、競争と云う訳字を造り出して之に当箝め、前後二十条ばかりの目録を飜訳して之を見せた所が、その人が之を見て頻りに感心して居たようだが、「イヤ茲に争と云う字がある、ドウも是れが穏かでない、どんな事であるか。「どんな事ッて是れは何も珍らしいことはない、日本の商人のして居る通り、隣で物を安く売ると云えば此方の店ではソレよりも安くしよう、又甲の商人が品物を宜くすると云えば、乙はソレよりも一層宜くして客を呼ぼうと斯う云うので、又或る金貸が利息を下げれば、隣の金貸も割合を安くして店の繁昌を謀ると云うような事で、互に競い争うて、ソレで以てちゃんと物価も定まれば金利も極まる、之を名けて競争と云うので御座る。「成程、爾うか、西洋の流儀はキツイものだね。「何もキツイ事はない、ソレで都て商売世界の大本が定まるのである。

新字:是等の事実を見ても、井伊大老は真実間違いもない徳川家の譜代、豪勇無二の忠臣ではあるが、開鎖の議論に至ては、真闇な攘実家と云うより外に評論はない。唯その徳川が開国であると云うのは、外国交際の衝に当て居るから余儀なく渋々開国論に従て居た丈けの話で、一幕捲て正味の楽屋を見たらば大変な攘夷藩だ。こんな政府に私が同情を表することが出来ないと云うのも無理はなかろう。先ずその時の徳川政府の頑固な一例を申せば斯う云うことがある。私がチエーンバーの経済論を一冊持て居て、何か話の序に御勘定方の有力な人、即ち今で申せば大蔵省中の重要の職に居る人にその経済書の事を語ると、大造悦んで、ドウか目録だけでも宜いから是非見たいと所望するから、早速翻訳する中に、コンペチションと云う原語に出遭い、色々考えた末、競争と云う訳字を造り出して之に当箝め、前後二十条ばかりの目録を翻訳して之を見せた所が、その人が之を見て頻りに感心して居たようだが、「イヤ茲に争と云う字がある、ドウも是れが穏かでない、どんな事であるか。「どんな事ッて是れは何も珍らしいことはない、日本の商人のして居る通り、隣で物を安く売ると云えば此方の店ではソレよりも安くしよう、又甲の商人が品物を宜くすると云えば、乙はソレよりも一層宜くして客を呼ぼうと斯う云うので、又或る金貸が利息を下げれば、隣の金貸も割合を安くして店の繁昌を謀ると云うような事で、互に競い争うて、ソレで以てちゃんと物価も定まれば金利も極まる、之を名けて競争と云うので御座る。「成程、爾うか、西洋の流儀はキツイものだね。「何もキツイ事はない、ソレで都て商売世界の大本が定まるのである。

書き下し

是等の事実を見ても、井伊大老は真実間違いもない徳川家の譜代、豪勇無二の忠臣ではあるが、開鎖の議論に至ては、真闇な攘実家と云うより外に評論はない。唯その徳川が開国であると云うのは、外国交際の衝に当て居るから余儀なく渋々開国論に従て居た丈けの話で、一幕捲て正味の楽屋を見たらば大変な攘夷藩だ。こんな政府に私が同情を表することが出来ないと云うのも無理はなかろう。先ずその時の徳川政府の頑固な一例を申せば斯う云うことがある。私がチエーンバーの経済論を一冊持て居て、何か話の序に御勘定方の有力な人、即ち今で申せば大蔵省中の重要の職に居る人にその経済書の事を語ると、大造悦んで、ドウか目録だけでも宜いから是非見たいと所望するから、早速飜訳する中に、コンペチションと云う原語に出遭い、色々考えた末、競争と云う訳字を造り出して之に当箝め、前後二十条ばかりの目録を飜訳して之を見せた所が、その人が之を見て頻りに感心して居たようだが、「イヤ茲に争と云う字がある、ドウも是れが穏かでない、どんな事であるか。「どんな事ッて是れは何も珍らしいことはない、日本の商人のして居る通り、隣で物を安く売ると云えば此方の店ではソレよりも安くしよう、又甲の商人が品物を宜くすると云えば、乙はソレよりも一層宜くして客を呼ぼうと斯う云うので、又或る金貸が利息を下げれば、隣の金貸も割合を安くして店の繁昌を謀ると云うような事で、互に競い争うて、ソレで以てちゃんと物価も定まれば金利も極まる、之を名けて競争と云うので御座る。「成程、爾うか、西洋の流儀はキツイものだね。「何もキツイ事はない、ソレで都て商売世界の大本が定まるのである。

現代語訳

これらの事実を見ても、井伊大老は真実間違いのない徳川家の譜代、豪勇無二の忠臣ではありますが、開国か鎖国かの議論に至っては、真っ暗な攘夷家というよりほかに評論のしようがありません。ただその徳川が開国であるというのは、外国交際の矢面に立っているから、やむなく渋々開国論に従っていただけの話で、一幕めくって正味の楽屋を見れば、大変な攘夷藩です。こんな政府に私が同情を表することができないというのも、無理はないでしょう。まずその時の徳川政府の頑固な一例を申せば、こういうことがあります。私がチェンバーの経済論を一冊持っていて、何かの話のついでに、御勘定方の有力な人、つまり今でいえば大蔵省の重要な職にある人に、その経済書のことを語ると、大層喜んで、どうか目録だけでもよいから是非見たいと所望するので、さっそく翻訳するうちに、コンペチションという原語に出会い、いろいろ考えた末、競争という訳字を造り出してこれに当てはめ、前後二十条ばかりの目録を翻訳してこれを見せたところ、その人はこれを見てしきりに感心していたようでしたが、「いや、ここに争という字がある。どうもこれが穏やかでない。どんなことであるか」「どんなことといって、これは何も珍しいことではない。日本の商人がしている通り、隣で物を安く売るといえば、こちらの店ではそれよりも安くしよう、また甲の商人が品物をよくするといえば、乙はそれよりも一層よくして客を呼ぼうというのです。また、ある金貸が利息を下げれば、隣の金貸も割合を安くして店の繁盛をはかるというようなことで、互いに競い争って、それでちゃんと物価も定まれば金利も決まる。これを名づけて競争というのです」「なるほど、そうか、西洋の流儀はきついものだね」「何もきついことはない。それですべて商売世界の大本が定まるのです」

解説

福沢が英語のコンペティションに競争という訳語を造った逸話です。チェンバーズの経済書の目録を翻訳して幕府の勘定方の高官に見せると、争という字が穏やかでないと難色を示されました。福沢は、隣が安くすればこちらはさらに安くするという商人の日常を挙げて、これが物価や金利を決める商売の大本だと説明します。競争は対立ではなく、市場を成り立たせる仕組みだという説明です。今日も競争という言葉に否定的な印象を持つ人は少なくありません。言葉の裏にある仕組みを具体例で示す説明力にも注目したい箇所です。

この章句が説くこと

競争翻訳語コンペチションチェンバー経済論勘定方物価

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