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論語と算盤 / 実業と士道・文明人の貪戻

全欧の事変に就て初め私の予想は全く外れた、既に其の観察を誤つた私は、将来も亦見込違ひをするであらうと恐懼して居る、併しながら私の観察の誤つた所以は、私の予想以上に暴虐の人があつたからである、謂ゆる『一人貪戻なれば、一国乱を作す』といふ古訓が、事実として全欧洲に現はれて来たからである、文明の世には有り得べからざるものとの想像が過誤の観察となつたのである、果して然らば、私の智の到らざりしが為でもあらうが、私は却つて文明人の貪戻なる結果ではなからうかと、冷笑せざるを得ないのである。

書き下し

全欧の事変について初め私の予想は全く外れた。すでにその観察を誤った私は、将来もまた見込み違いをするであろうと恐懼している。しかしながら私の観察の誤った所以は、私の予想以上に暴虐の人があったからである。いわゆる「一人貪戻なれば、一国乱をなす」という古訓が、事実として全欧州に現われて来たからである。文明の世にはあり得べからざるものとの想像が過誤の観察となったのである。はたして然らば、私の智の到らざりしがためでもあろうが、私はかえって文明人の貪戻なる結果ではなかろうかと、冷笑せざるを得ないのである。

現代語訳

ヨーロッパ全体を巻き込んだ今回の事変(第一次世界大戦)について、初め私の予想はまったく外れた。すでにその観察を誤った私は、この先もまた見込み違いをするのではないかと恐れ慎んでいる。しかし私の観察が誤った理由は、私の予想以上に暴虐な人間がいたからである。いわゆる「一人が貪欲で道理にもとれば、一国が乱れる」という古い教えが、事実としてヨーロッパ全土に現れてきたからである。文明の世にはあり得ないことだという思い込みが、誤った観察となったのである。そうであるなら、私の知恵が足りなかったせいでもあろうが、私はむしろこれは文明人の貪欲と横暴の結果ではないかと、冷ややかに笑わざるを得ないのである。

解説

この章は第一次世界大戦の勃発を受けて語られた。渋沢は大戦は起こらないと見ていた。その予想が外れたことを、彼はまず率直に認める。言い訳をしない。そのうえで外れた理由を、自分の見立ての甘さと、予想を超えた暴虐の存在とに分けて述べる。引かれる「一人貪戻なれば、一国乱を作す」は『大学』の一節で、上に立つ一人の貪欲が国全体を乱すという意味である。文明が進めば戦争は割に合わなくなるはずだ、という合理的な予測は、一人の貪欲の前で崩れた。渋沢の冷笑は、文明という言葉への過信に向けられている。経済の論理だけで人の行動を読むことの限界を、実業家自身が認めた一段として読める。予測が外れたとき、まず外れたと言えるかどうかが、次の判断の質を決める。

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