墨子 / 魯問
彭輕生子曰:「往者可知,來者不可知。」子墨子曰:「藉設而親在百里之外,則遇難焉,期以一日也,及之則生,不及則死。今有固車良馬於此,又有駑馬四隅之輪於此,使子擇焉,子将何乗?」對曰:「乗良馬固車,可以速至。」子墨子曰:「焉在矣來。」
新字:彭軽生子曰:「往者可知,来者不可知。」子墨子曰:「藉設而親在百里之外,則遇難焉,期以一日也,及之則生,不及則死。今有固車良馬於此,又有駑馬四隅之輪於此,使子択焉,子将何乗?」対曰:「乗良馬固車,可以速至。」子墨子曰:「焉在矣来。」
書き下し
彭輕生子曰く、「往く者は知る可し、來たる者は知る可からず」と。子墨子曰く、「藉設して親、百里の外に在りて、則ち難に遇わば、期するに一日を以てす。之に及べば則ち生き、及ばざれば則ち死す。今、固車良馬、此に有り。又た駑馬四隅の輪、此に有り。子をして焉を擇ばしめば、子、将た何をか乗らん」と。對えて曰く、「良馬固車に乗らん。以て速やかに至る可し」と。子墨子曰く、「焉んぞ來を在らんや」と。
現代語訳
彭軽生子が言った。「過ぎたことは知ることができるが、これから来ることは知ることができない」。墨子が言った。「仮にあなたの親が百里の外にいて、危難に遭ったとする。期限は一日で、間に合えば生き、間に合わなければ死ぬ。いまここに丈夫な車と良い馬がある。また鈍い馬と四隅の歪んだ車輪がある。あなたに選ばせたら、どちらに乗るか」。答えて言った。「良い馬と丈夫な車に乗ります。速く着けるからです」。墨子が言った。「どうしてこれから来ることが分からないと言えようか」。
解説
未来は分からない、と言った相手に、実際の選択をさせます。良い馬を選んだということは、そちらのほうが早く着くと予測したということ。行動が予測を含んでいる以上、未来がまったく分からないという主張は成り立たない。日々の選択の中に、どれだけの予測が入っているかを気づかせる一段です。分からないと言いながら、人は毎日選んでいます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
予測選択未来行動判断
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