論語 / 季氏篇
孔子曰:「祿之去公室,五世矣。政逮於大夫,四世矣。故夫三桓之子孫,微矣。」
新字:孔子曰:「禄之去公室,五世矣。政逮於大夫,四世矣。故夫三桓之子孫,微矣。」
書き下し
孔子曰く、禄の公室を去ること、五世なり。政の大夫に逮ぶこと、四世なり。故に夫の三桓の子孫、微なり。
現代語訳
孔子がおっしゃった。「俸禄を与える権限が君主の手を離れて五代になる。政治が大夫の手に移って四代になる。だからあの三桓の子孫も、勢いを失いつつある。」
解説
前章の理論を、魯の現実に当てはめた章である。五代、四代という具体的な年数を挙げ、だから三桓も衰えると結論している。予測を、原則と経過年数から導いている点が要点だ。感情や願望ではなく、構造の計算として述べられている。しかも、孔子にとって三桓は自分を用いなかった勢力であり、その衰えを喜んでもよい立場にある。だが口調は淡々としている。自分に不利益をもたらした相手の没落を、原則の帰結として述べるだけである。この距離感は学ぶに値する。敵対する相手について語るとき、感情が入ると分析が歪む。歪んだ分析は、自分の判断を誤らせる。相手の衰えを願うのと、衰えを予測するのは別の作業である。孔子は後者だけをした。
この章句が説くこと
予測責任構造沈黙忠告三桓
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