論語と算盤 / 算盤と権利・合理的の経営
然るに社会の実際に徴すれば、会社に於て無くてもよい筈の秘密があつたり、有るべからざる所に私事の行はれるのは如何なる理由であらうか、余は之を重役に其人を得ざるの結果と断定するに躊躇せぬのである。
書き下し
しかるに社会の実際に徴すれば、会社において無くてもよいはずの秘密があったり、有るべからざる所に私事の行われるのはいかなる理由であろうか。余はこれを重役にその人を得ざるの結果と断定するに躊躇せぬのである。
現代語訳
ところが社会の実際に照らしてみると、会社において、なくてもよいはずの秘密があったり、あってはならないところで私事が行われたりするのは、どういう理由によるのだろうか。私はこれを、重役に適任の人を得ていない結果だと断定するのにためらわないのである。
解説
短い段だが、章の論理の転換点である。渋沢は、正直な商売には機密はほとんど不要だと述べた。それなのに現実の会社には、なくてよいはずの秘密があり、あってはならない所で私事が行われる。その原因を、彼は制度や法の不備ではなく「重役に其人を得ざる」こと、つまり人選の誤りに求め、断定をためらわないと言い切る。仕組みを整えることも大切だが、結局は仕組みを動かす人の問題だ、という渋沢の一貫した見方である。『中庸』の「其の人存すれば則ち其の政挙がり、其の人亡ければ則ち其の政息む」という言葉にも通じる考え方で、制度の良し悪しは担う人によって決まる。続く段で渋沢は、不適任な重役を三つの型に分けて論じていく。組織の不祥事を仕組みの問題として片付ける前に、誰がその職に就いているかを問え、という指摘である。
関連する章句
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『論語と算盤』算盤と権利・合理的の経営しからばこの禍根は、重役に適任者を得さえすれば自ずから絶滅するものであるが、適材を適所に使うということは、なかなか容易のものでなく、現在にても重役としての技倆に欠けた人でその職にあるものが少なくない。例えば、会社の取締役もしくは監査役などの名を買わんがために、消閑の手段として名を連ねている、いわゆる虚栄的重役なるものがある。彼らの浅薄なる考えは厭うべきものだけれども、その希望の小さいだけに、さしたる罪悪を逞しゅうするというような心配はない。それからまた好人物だけれども、その代わり事業経営の手腕の無いものがある。そういう人が重役となっておれば、部下にいる人物の善悪を識別するの能力もなく、帳簿を査閲する眼識もない。ために知らず識らずの間に部下の者に愆まられ、自分から作った罪でなくとも、ついに救うべからざる窮地に陥らねばならぬことがある。これは前者に比するとやや罪は重いが、しかしいずれも重役として故意に悪事をなした者でないことは明らかである。
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『論語と算盤』算盤と権利・合理的の経営現代における事業界の傾向を見るに、まま悪徳重役なる者が出でて、多数株主より依託された資産を、あたかも自己専有のもののごとく心得、これを自儘に運用して私利を営まんとする者がある。それがため会社の内部は一の伏魔殿と化し去り、公私の区別もなく秘密的行動が盛んに行われるようになって行く。真に事業界のために痛嘆すべき現象ではあるまいか。
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『論語と算盤』算盤と権利・合理的の経営自分は常に事業の経営に任じては、その仕事が国家に必要であって、また道理に合するようにして行きたいと心掛けて来た。たといその事業が微々たるものであろうとも、自分の利益は少額であるとしても、国家必要の事業を合理的に経営すれば、心は常に楽しんで事に任じられる。ゆえに余は論語をもって商売上のバイブルとなし、孔子の道以外には一歩も出まいと努めて来た。
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『論語と算盤』処世と信条・人は平等なるべし材能の適不適を察し、適材を適所に置くということは、多少なりとも人を使う者の、常に口にこれを言うところであって、そしてまた常に心にこれを難ずるところである。さらにまた思うに、適材を適所に置くということの蔭には、往々にして権謀の加味されている場合がある。自己の権勢を張ろうとするには、何よりも適材を適所に配備し、一歩は一歩より、一段は一段より、漸次に自己の勢力を扶植し、漸次に自己の立脚地を踏み固めて行かなければならぬ。かように工夫するものは、ついによく一派の権勢を築き上げて、政治界に処しても、事業界に処しても、ないし何らの社会に処しても、儼然として覇者の威を振るうことが出来るのである。しかしさような行き方は、断じて私の学ぶところではない。
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『論語と算盤』算盤と権利・合理的の経営元来商業は政治などに比較すれば、かえって機密などということなしに経営して行かれるはずのものであろうと思う。ただ銀行においては事業の性質として幾分秘密を守らねばならぬことがある。例えば、誰にいかほどの貸付があるとか、それに対してどういう抵当が入っているとかいうことは、徳義上これを秘密にしておかねばならぬことであろう。また一般商売上のことにても、いかに正直を主とせねばならぬとは言え、この品物はいかほどで買い取ったものだが、今これこれに売るからいくらの利益のあるというようなことを、わざわざ世間へ触れまわす必要もあるまい。要するに不当なることさえないならば、それが道徳上必ずしも不都合の行為となるものではあるまいと思う。しかしこれらの事以外において、現在有るものを無いと言い、無いものを有るというがごとき、純然たる嘘を吐くのは断じてよろしくない。ゆえに正直正銘の商売には、機密というようなことは、まず無いものと見てよろしかろう。
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『論語と算盤』算盤と権利・合理的の経営しかるにそれら二人の者よりさらに一歩進んで、その会社を利用して自己の栄達を計る踏み台にしようとか、利欲を図る機関にしようとかいう考えをもって重役となる者がある。かくのごときは実に許すべからざる罪悪であるが、それらの者の手段としては、株式の相場を釣り上げておかぬと都合が悪いと言うて、実際は有りもせぬ利益を有るように見せかけ、虚偽の配当を行うたり、また事実払い込まない株金を払い込んだように装うて、株主の眼を瞞着しようとする者なぞもあるが、これらのやり方は明らかに詐欺の行為である。そして彼らの悪手段はいまだそれ位にては尽きない。その極端なる者に至っては、会社の金を流用して投機をやったり、自己の事業に投じたりする者もある。これではもはや窃盗と択ぶ所がない。畢竟するにこの種の悪事も、結局その局に当たる者が道徳の修養を欠けるよりして起こる弊害で、もしもその重役が誠心誠意事業に忠実であるならば、そんな間違いは作りたくも造れるものでない。
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