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論語と算盤 / 算盤と権利・合理的の経営

元来商業は政治などに比較すれば、却つて機密抔といふことなしに経営して行かれる筈のものであらうと思ふ、唯銀行に於ては事業の性質として幾分秘密を守らねばならぬことがある、例へば、誰に何程の貸付があるとか、それに対してどういふ抵当が入つて居るとかいふことは、徳義上これを秘密にして置かねばならぬことであらう、又一般商売上のことにても、如何に正直を主とせねば為らぬとは云へ、此の品物は何程で買取つたものだが、今これ〳〵に売るから幾らの利益のあると云ふやうなことを、わざ〳〵世間へ触れまはす必要もあるまい、要するに不当なることさへないならば、それが道徳上必ずしも不都合の行為となるものではあるまいと思ふ、併し是等の事以外に於て、現在有るものを無いといひ、無いものを有るといふが如き、純然たる噓を吐くのは断じて宜しくない、故に正直正銘の商売には、機密といふやうなことは、先づ無いものと見て宜しからう、

書き下し

元来商業は政治などに比較すれば、かえって機密などということなしに経営して行かれるはずのものであろうと思う。ただ銀行においては事業の性質として幾分秘密を守らねばならぬことがある。例えば、誰にいかほどの貸付があるとか、それに対してどういう抵当が入っているとかいうことは、徳義上これを秘密にしておかねばならぬことであろう。また一般商売上のことにても、いかに正直を主とせねばならぬとは言え、この品物はいかほどで買い取ったものだが、今これこれに売るからいくらの利益のあるというようなことを、わざわざ世間へ触れまわす必要もあるまい。要するに不当なることさえないならば、それが道徳上必ずしも不都合の行為となるものではあるまいと思う。しかしこれらの事以外において、現在有るものを無いと言い、無いものを有るというがごとき、純然たる嘘を吐くのは断じてよろしくない。ゆえに正直正銘の商売には、機密というようなことは、まず無いものと見てよろしかろう。

現代語訳

もともと商業は、政治などに比べれば、むしろ機密などということなしに経営していけるはずのものであろうと思う。ただ銀行では、事業の性質上、いくらか秘密を守らなければならないことがある。たとえば、誰にどれほどの貸付があるとか、それに対してどんな担保が入っているとかいうことは、徳義上これを秘密にしておかなければならないことであろう。また一般の商売のうえでも、いかに正直を旨としなければならないとはいえ、この品物はいくらで買い取ったものだが、今これこれの値で売るから、いくらの利益があるというようなことを、わざわざ世間に触れ回る必要もあるまい。要するに、不当なことさえないならば、それが道徳上必ずしも不都合な行為となるものではあるまいと思う。しかし、これらのこと以外で、現にあるものをないと言い、ないものをあると言うような、まったくの嘘をつくのは断じてよくない。だから、正真正銘の商売には、機密というようなことは、まずないものと見てよいだろう。

解説

秘密と嘘の区別を明快に示した段である。渋沢は、商売にも守るべき秘密があることを認める。銀行が顧客の借入額や担保を漏らさないのは徳義上の務めであり、商人が仕入れ値や利幅を世間に触れ回る必要もない。これらは不当でない限り、道徳に反するものではない。しかし、あるものをないと言い、ないものをあると言う嘘は断じて許されない、と線を引く。黙っていることと偽ることは違う、ということである。第一国立銀行の頭取を長く務めた渋沢は、顧客の秘密を守ることが信用の根幹であることを身をもって知っていた。一方で、秘密を口実に帳簿や実態を偽ることは、悪徳重役の伏魔殿につながる。開示すべきことと守るべきことの線引きは、今日の企業の情報開示や守秘義務にもそのまま通じる問題である。

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