説苑 / 奉使
蔡使師強、王堅使於楚。楚王聞之,曰:「人名多章章者,獨為師強王堅乎?」趣見之,無以次,視其人狀,疑其名而醜其聲,又惡其形。楚王大怒曰:「今蔡無人乎?國可伐也。有人不遣乎?國可伐也。端以此誡寡人乎?國可伐也。」故發二使,見三謀伐者蔡也。
新字:蔡使師強、王堅使於楚。楚王聞之,曰:「人名多章章者,独為師強王堅乎?」趣見之,無以次,視其人状,疑其名而醜其声,又悪其形。楚王大怒曰:「今蔡無人乎?国可伐也。有人不遣乎?国可伐也。端以此誡寡人乎?国可伐也。」故発二使,見三謀伐者蔡也。
書き下し
蔡師強・王堅をして楚に使いせしむ。楚王之を聞きて曰く、「人の名章章たる者多し、獨り師強王堅と爲すか。」趣かに之に見えんとし、次を以てせず、其の人の狀を視るに、其の名を疑いて其の聲を醜しとし、又た其の形を惡む。楚王大いに怒りて曰く、「今蔡人無きか。國伐つべきなり。人有りて遣わさざるか。國伐つべきなり。端に此を以て寡人を誡むるか。國伐つべきなり。」故に二使を發するに、三たび伐たんと謀る者を見る、蔡なり。
現代語訳
蔡は師強と王堅という二人を使者として楚に派遣した。楚王はこれを聞いて言った。『人の名前には立派なものが多いが、この二人だけがことさら師強、王堅という名なのか。』急いで彼らに会おうとし、通常の作法の順序も踏まずに引見したところ、その人物の様子を見ると、名前から抱いた期待とは裏腹に、声は醜く、姿かたちも見劣りするものであった。楚王は大いに怒って言った。『蔡には人材がいないのか。それなら国は討伐してよい。人材がいるのにこのような者を寄越したのか。それでも国は討伐してよい。もしやこれをもって私をからかい、戒めようとしているのか。それでも国は討伐してよい。』こうして、蔡がたった二人の使者を派遣したことによって、楚に討伐の口実を三通りも与えてしまったのである。これが蔡という国であった。
解説
この一段は説得の成功例ではなく、失敗の戒めとして異彩を放つ。蔡が選んだ使者の名前と実際の器量とのあまりの落差が、通常なら見過ごされるはずの細部から、相手国に軍事介入の口実を三重に与えてしまったという顛末は、外交という場において使者の人選そのものがいかに国家の威信と安全に直結するかを鮮烈に示している。名は体を表すべきという期待を裏切ることの代償は、単なる個人の恥にとどまらず、組織や国家全体の存亡に関わりうるという教訓は、人選や代表者の選定を軽んじる現代の組織にも重く響く。
この章句が説くこと
人選外交信用
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