論語と算盤 / 算盤と権利・合理的の経営
現代に於ける事業界の傾向を見るに、ま〻悪徳重役なる者が出でて、多数株主より依托された資産を、恰かも自己専有のもの〻如く心得、之を自儘に運用して私利を営まんとする者がある、それが為め会社の内部は一の伏魔殿と化し去り、公私の区別もなく秘密的行動が盛んに行はれるやうになつて行く、真に事業界の為に痛嘆すべき現象ではあるまいか。
書き下し
現代における事業界の傾向を見るに、まま悪徳重役なる者が出でて、多数株主より依託された資産を、あたかも自己専有のもののごとく心得、これを自儘に運用して私利を営まんとする者がある。それがため会社の内部は一の伏魔殿と化し去り、公私の区別もなく秘密的行動が盛んに行われるようになって行く。真に事業界のために痛嘆すべき現象ではあるまいか。
現代語訳
現代の事業界の傾向を見ると、ときに悪徳重役という者が現れて、多数の株主から預けられた資産を、あたかも自分だけのもののように心得て、これを勝手に運用して私利を図ろうとする者がある。そのために会社の内部は一つの伏魔殿と化してしまい、公私の区別もなく、秘密の行動が盛んに行われるようになっていく。まことに事業界のために痛嘆すべき現象ではあるまいか。
解説
合理的の経営の章の書き出しである。渋沢は株式会社の病理を「悪徳重役」という言葉で名指しする。株主から預かった資産を自分のもののように扱い、私利のために運用する。その結果、会社の内部は伏魔殿となり、公私の区別が失われ、秘密の行動がはびこる。日本に株式会社の仕組みを根づかせたのは、ほかならぬ渋沢である。大蔵省を辞して第一国立銀行を興し、合本主義、すなわち広く資金を集めて公益にかなう事業を営む形を説いてきた。その仕組みが一部の重役によって私物化されることは、彼にとって自らの事業の否定に等しかった。経営者が株主や社会から預かったものをどう扱うかという、今日のコーポレート・ガバナンスの問いを、渋沢は百年以上前に正面から論じていたのである。
関連する章句
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『論語と算盤』算盤と権利・合理的の経営しかるにそれら二人の者よりさらに一歩進んで、その会社を利用して自己の栄達を計る踏み台にしようとか、利欲を図る機関にしようとかいう考えをもって重役となる者がある。かくのごときは実に許すべからざる罪悪であるが、それらの者の手段としては、株式の相場を釣り上げておかぬと都合が悪いと言うて、実際は有りもせぬ利益を有るように見せかけ、虚偽の配当を行うたり、また事実払い込まない株金を払い込んだように装うて、株主の眼を瞞着しようとする者なぞもあるが、これらのやり方は明らかに詐欺の行為である。そして彼らの悪手段はいまだそれ位にては尽きない。その極端なる者に至っては、会社の金を流用して投機をやったり、自己の事業に投じたりする者もある。これではもはや窃盗と択ぶ所がない。畢竟するにこの種の悪事も、結局その局に当たる者が道徳の修養を欠けるよりして起こる弊害で、もしもその重役が誠心誠意事業に忠実であるならば、そんな間違いは作りたくも造れるものでない。
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『論語と算盤』算盤と権利・合理的の経営しかるに社会の実際に徴すれば、会社において無くてもよいはずの秘密があったり、有るべからざる所に私事の行われるのはいかなる理由であろうか。余はこれを重役にその人を得ざるの結果と断定するに躊躇せぬのである。
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『論語と算盤』算盤と権利・合理的の経営それから余が事業上の見解としては、一個人に利益ある仕事よりも、多数社会を益して行くのでなければならぬと思い、多数社会に利益を与えるには、その事業が堅固に発達して繁昌して行かなくてはならぬということを常に心にしていた。福沢翁の言に「書物を著しても、それを多数の者が読むようなものでなくては効能が薄い、著者は常に自己のことよりも国家社会を利するという観念をもって筆を執らなければならぬ」という意味のことがあったと記憶している。事業界のこともまたこの理にほかならぬもので、多く社会を益することでなくては正径な事業とは言われない。仮りに一個人のみ大富豪になっても、社会の多数がために貧困に陥るような事業であったならばいかがなものであろうか。いかにその人が富を積んでも、その幸福は継続されないではないか。ゆえに国家多数の富を致す方法でなければいかぬというのである。
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『論語と算盤』算盤と権利・合理的の経営自分は常に事業の経営に任じては、その仕事が国家に必要であって、また道理に合するようにして行きたいと心掛けて来た。たといその事業が微々たるものであろうとも、自分の利益は少額であるとしても、国家必要の事業を合理的に経営すれば、心は常に楽しんで事に任じられる。ゆえに余は論語をもって商売上のバイブルとなし、孔子の道以外には一歩も出まいと努めて来た。
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『論語と算盤』仁義と富貴・真正の利殖法実業というものはいかに考えてよいものか。もちろん世の中の商売、工業が利殖を図るものに相違ない。もし商工業にして物を増殖するの効能がなかったならば、すなわち商工業は無意味になる。商工業は何たる公益もないものになる。
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『論語と算盤』処世と信条・論語と算盤は甚だ遠くして甚だ近いものこれはすなわち物を増殖する務めである。これが完全でなければ国の富はなさぬ。その富をなす根源は何かといえば、仁義道徳、正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することが出来ぬ。ここにおいて論語と算盤という懸け離れたものを一致せしめる事が、今日の緊要の務めと自分は考えているのである。
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