論語と算盤 / 算盤と権利・唯王道あるのみ
試みに余の希望を述ぶれば、法の制定は固より可いが、法が制定されて居るからと云つて、一も二もなく其れに裁断を仰ぐといふことは、成るべくせぬやうに仕たい、
書き下し
試みに余の希望を述ぶれば、法の制定はもとよりよいが、法が制定されているからと言って、一も二もなくそれに裁断を仰ぐということは、なるべくせぬようにしたい。
現代語訳
試しに私の希望を述べるなら、法律を制定することはもちろんよいが、法律が制定されているからといって、何でもかんでもそれに裁きを仰ぐということは、なるべくしないようにしたい。
解説
短い一文だが、渋沢の労働観の要がここにある。法の制定は可、しかし何でも法の裁断に頼ることは避けたい、というのである。法は最後の拠りどころであって、日常の関係を動かす第一の手段ではない、という考え方である。論語為政篇には「之を道くに政を以てし、之を斉ふるに刑を以てすれば、民免れて恥無し。之を道くに徳を以てし、之を斉ふるに礼を以てすれば、恥有りて且つ格る」とある。法と罰で治めれば人は抜け道を探すだけで恥を知らず、徳と礼で導けば人は自ら正しくなる、という意味である。渋沢の主張はこの孔子の考えを労使関係に当てはめたものと読める。契約書やルールを整えることは大切だが、それに頼り切った関係は、書かれていないことが起きたときにもろい。信頼があってこそ、ルールは最小限で済む。
関連する章句
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『論語と算盤』算盤と権利・唯王道あるのみもしそれ富豪も貧民も王道をもって立ち、王道はすなわち人間行為の定規であるという考えをもって世に処するならば、百の法文、千の規則あるよりも遥かに勝ったことと思う。換言すれば、資本家は王道をもって労働者に対し、労働者もまた王道をもって資本家に対し、その関係しつつある事業の利害得失はすなわち両者に共通なる所以を悟り、相互に同情をもって始終するの心掛けありてこそ、始めて真の調和を得られるのである。
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『論語と算盤』算盤と権利・唯王道あるのみおもうに社会問題とか労働問題等のごときは、単に法律の力ばかりをもって解決されるものではない。例えば一家族内にても、父子兄弟眷族に至るまで各々権利義務を主張して、一も二も法律の裁断を仰がんとすれば、人情は自ずから険悪となり、障壁はその間に築かれて、事ごとに角突き合いの沙汰のみを演じ、一家の和合団欒はほとんど望まれぬ事となるであろう。余は富豪と貧民との関係も、またそれと等しきものがあろうと思う。かの資本家と労働者との間は、従来家族的の関係をもって成立し来ったものであったが、にわかに法を制定してこれのみをもって取り締まろうとするようにしたのは、一応もっともなる思い立ちではあろうけれども、これが実施の結果、果たして当局の理想通りに行くであろうか。多年の関係によって資本家と労働者との間に、せっかく結ばれた所の言うに言われぬ一種の情愛も、法を設けて両者の権利義務を明らかに主張するようになれば、勢い疎隔さるるに至りはすまいか。それでは為政者側が骨折った甲斐もなく、また目的にも反する次第であろうから、ここは一番深く研究しなければならぬ所であろうと思う。
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『論語と算盤』算盤と権利・唯王道あるのみその結果として貧富の懸隔を生ずるものとすれば、それは自然の成り行きであって、人間社会に免るべからざる約束と見て諦めるよりほか仕方がない。とは言え、常にその間の関係を円満ならしめ、両者の調和を図ることに意を用うることは、識者の一日も欠くべからざる覚悟である。これを自然の成り行き人間社会の約束だからと、その成るままに打ち棄て置くならば、ついに由々しき大事を惹起するに至るはまた自然の結果である。ゆえに禍を未萌に防ぐの手段に出で、よろしく王道の振興に意を致されんことを切望する次第である。
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『論語と算盤』算盤と権利・仁に当つては師に譲らず論語にも明らかに権利思想の含まれていることは、孔子が「仁に当たっては師に譲らず」と言った一句、これを証して余りあることと思う。道理正しき所に向かってはあくまでも自己の主張を通してよい、師は尊敬すべき人であるが、仁に対してはその師にすら譲らなくてもよいとの一語中には、権利観念が躍如としているではないか。
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『論語と算盤』算盤と権利・唯王道あるのみ果たして両者がこうなってしまえば、権利義務の観念のごときは、いたずらに両者の感情を疎隔せしむるほか、ほとんど何らの効果なきものと言うてよかろう。余が往年欧米漫遊の際実見したドイツのクルップ会社のごとき、また米国ボストン附近のウォルサム時計会社のごとき、その組織が極めて家族的であって、両者の間に和気靄然たるを見てすこぶる歎称を禁じ得なかった。これぞ余がいわゆる王道の円熟したるもので、こうなれば法の制定をして幸いに空文に終わらしむるのである。果たしてかくのごとくなるを得ば、労働問題も何ら意に介するに足らぬではないか。
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『論語と算盤』算盤と権利・合理的の経営自分は常に事業の経営に任じては、その仕事が国家に必要であって、また道理に合するようにして行きたいと心掛けて来た。たといその事業が微々たるものであろうとも、自分の利益は少額であるとしても、国家必要の事業を合理的に経営すれば、心は常に楽しんで事に任じられる。ゆえに余は論語をもって商売上のバイブルとなし、孔子の道以外には一歩も出まいと努めて来た。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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