韓非子 / 安危第二十五
使殷不遺於朝,則周不敢望秋毫於境,而況敢易位乎?明主之道忠法,其法忠心,故臨之而治,去之而思。
書き下し
明主の道は法に忠なり、其の法は心に忠なり。故に之に臨みては法り、之を去りては思わる。
現代語訳
優れた君主の道は、法(ルール)に忠実である。そしてその法は、民の心(実情)に忠実である。だから、君主が在位中は(法によって)治まり、君主が去った後も(その徳を)慕われる。
解説
優れたリーダーシップ(明主の道)とは、厳格な「法(ルール)」を運用することである。しかし、その「法」は、単なる管理のためのものではなく、現場の実情や社員の心理(心)に寄り添った(忠)ものでなければならない。ルール(法)と実情(心)の両方に忠実であって初めて、組織は治まり(法り)、リーダーは去った後も慕われる(思わる)。
この章句が説くこと
ルール現場感覚実情エンゲージメントリーダーシップ信頼
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『春秋左氏伝』昭公三年 踊貴く屨賤し臣に於いて侈れり。且つ小人市に近く、朝夕求むる所を得るは、小人の利なり。敢へて里旅を煩はさんや」と。公笑ひて曰く、「子市に近し、貴賤を識るか」と。對へて曰く、「既に之を利とす、敢へて識らざらんや」と。公曰く、「何か貴く何か賤き」と。是に於いて景公刑を繁くし、踊を鬻(ひさ)ぐ者有り。故に對へて曰く、「踊貴く屨賤し」と。既已に君に告ぐ、故に叔向と語りて之を稱す。景公是が為に刑を省く。君子曰く、「仁人の言、其の利博いかな。晏子一言して齊侯刑を省く。詩に曰く、『君子如し祉(よろこ)べば、亂庶(こひねが)はくは遄(すみ)やかに已まん』と。其れ是を之れ謂ふか」と。晏子晉に如くに及び、公其の宅を更む。反れば則ち成れり。既に拜して乃ち之を毀ち、而して里室を為ること、皆其の舊の如くし、則ち宅人をして之に反らしむ。且つ諺に曰く、『宅を是れ卜するに非ず、唯だ鄰を是れ卜す』と。二三子先づ鄰を卜せり。卜に違ふは不祥なり。君子は非禮を犯さず、小人は不祥を犯さず。古の制なり。吾敢へて諸に違はんや」と。卒に其の舊宅に復す。公許さず。陳桓子に因りて以って請ひ、乃ち之を許す。
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うひ山ぶみ・注[ノ]又後世風をもすてずしておのづからの勢ヒにて、後世の歌に至りては、実情をよめるは、百に一ツも有がたく、皆作りことになれる也、然はあれども、その作れるは、何事を作れるぞといへば、その作りざまこそ、世世にかはれることあれ、みな世の人の思ふ心のさまを作りいへるなれば、作り事とはいへども、落るところはみな、人の実情のさまにあらずといふことなく、古ヘの雅情にあらずといふことなし、さればひたすらに後世風をきらふは、その世々に変じたるところをのみ見て、変ぜぬところのあることをばしらざる也、後世の歌といへども、上代と全く同じきところあることを思ふべし、猶いはば、今の世の人にして、万葉の古風をよむも、己が実情にはあはず、万葉をまねびたる作り事也、もしおのが今思ふ実情のまゝによむをよしとせば、今の人は、今の世俗のうたふやうなる歌をこそよむべけれ、古ヘ人のさまをまねぶべきにはあらず、万葉をまねぶも、既に作り事なるうへは、後世に題をまうけて、意を作りよむも、いかでかあしからん、よき歌をよまんとするには、
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『斉家論』下答ふ、此の御歌は、人々天地に受けたる心を直に用ゐるときは、即ち神なることをしらせ玉ふ所なり。汝は父が悪事を証す悪人を、反つて正直者と思ひ、御神託と同じやうに見なすは理に闇きゆへ是非わかれず。彼が不善を知らんと思はゞ、実情を知るべし。実情の発る処をいはゞ、こゝに人あらんに、その父、人を殺さば、はつと驚くは子の常なり。又父が羊を攘みしと聞くときも、はつと驚く情発るは、鏡に物の移り、形に影のそふがごとく、間に髪を入れず。此の所にて豈直不直を論ぜんや。これ惻隠の情にて実情なり。常人は勝手にひかれ思慮おほく、其の意に思ふは、此の事人が知るべきか、定めて知るべし、隠し課することはなるまじ、迚も隠されぬことならば、人にいはれぬ前に、
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『韓非子』外儲說左上第三十二斉に居士田仲なる者有り、宋人屈穀之に見えて曰く、「穀聞く先王の義は、人を恃仰して食はずと。今穀に巨瓠有り、堅きこと石の如く、厚くして竅無し、之を献ぜん。」仲曰く、「夫れ瓠の貴ぶ所は、其の以て盛るべきを謂ふなり。今厚くして竅無ければ、則ち剖きて以て物を盛るべからず。而して任重きこと堅石の如ければ、則ち以て剖きて以て斟むべからず。吾以て瓠を為すこと無きなり。」曰く、「然り、穀将に之を棄てんとす。」今田仲人を恃仰して食はず、亦人の国に益無し、亦堅瓠の類なり。虞慶屋を為る、匠人に謂ひて曰く、「屋太だ尊し。」匠人対へて曰く、「此れ新屋なり、塗濡れて椽生なり。」虞慶曰く、「然らず。夫れ濡塗は重くして生椽は撓む、撓椽を以て重塗に任ず、此れ宜しく卑かるべし。更に日久しければ、則ち塗乾きて椽燥く。塗乾けば則ち軽く、椽燥けば則ち直し、直椽を以て軽塗に任ず、此れ益ます尊からん。」匠人詘し、之を為りて屋壊る。一に曰く、虞慶将に屋を為らんとす、匠人曰く、「材生にして塗濡る。夫れ材生なれば則ち撓み、塗濡るれば則ち重し、撓を以て重に任ず、今成ると雖も、久しくして必ず壊れん。」虞慶曰く、「材乾けば則ち直く、塗乾けば則ち軽し。今誠に乾くを得ば、日に以て軽直ならん、久しと雖も、必ず壊れず。」匠人詘し、之を作りて成る、間有りて、屋果して壊る。范且曰く、「弓の折るるは、必ず其の尽くるに於てし、其の始めに於てせざるなり。夫れ工人の弓を張るや、檠に伏すること三旬にして弦を蹈み、一日にして機を犯す、是れ之を其の始めに節して之を其の尽くるに暴するなり、焉んぞ折るること無きを得ん。且つ弓を張ること然らず、檠に伏すること一日にして弦を蹈み、三旬にして機を犯す、是れ之を其の始めに暴して之を其の尽くるに節するなり。」工人窮し、之を為りて、弓折る。范且・虞慶の言は、皆文弁辞勝りて事の情に反す。人主説びて禁ぜず、此れ敗るる所以なり。
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『墨子』尚同下子墨子言いて曰く、「知者の事は、必ず國家百姓の治まる所以の者を計りて之を為し、必ず國家百姓の亂るる所以の者を計りて之を辟く。然らば國家百姓の治まる所以の者を計るに何ぞや。上の政を為すや、下の情を得れば則ち治まり、下の情を得ざれば則ち亂る。何を以て其の然るを知るや。上の政を為すや、下の情を得れば、則ち是れ民の善非に明らかなり。茍くも民の善非に明らかなるが若くんば、則ち善人を得て之を賞し、暴人を得て之を罰するなり。善人賞せられて暴人罰せらるれば、則ち國必ず治まる。上の政を為すや、下の情を得ざれば、則ち是れ民の善非に明らかならず。若し茍くも民の善非に明らかならずんば、則ち是れ善人を得て之を賞せず、暴人を得て之を罰せず。善人賞せられずして暴人罰せられず、政を為すこと此くの若くんば、國衆必ず亂る。故に賞は下の情を得ざれば、而ち察せざる可からざる者なり」と。
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六韜・励軍武王 太公に問ひて曰く、「吾 三軍の衆をして、城を攻むれば先登を争ひ、野戦すれば先赴を争ひ、金の声を聞きて怒り、鼓の声を聞きて喜ばしめんと欲す。之を為すこと奈何」と。太公曰く、「将に三あり」と。武王曰く、「敢へて其の目を問はん」と。太公曰く、「将 冬に裘を服ず、夏に扇を操らず、雨に蓋を張らず、名づけて礼将と曰ふ。将 身づから礼を服せざれば、以て士卒の寒暑を知る無し。隘塞を出で、泥塗を犯すには、将 必ず先づ下りて歩む、名づけて力将と曰ふ。将 身づから力を服せざれば、以て士卒の労苦を知る無し。軍 皆な次を定めて、将 乃ち舎に就く。炊ぐ者 皆な熟して、将 乃ち食に就く。軍 火を挙げざれば、将も亦た挙げず、名づけて止欲将と曰ふ。将 身づから止欲を服せざれば、以て士卒の飢飽を知る無し。将 士卒と寒暑・労苦・飢飽を共にす、故に三軍の衆、鼓の声を聞けば則ち喜び、金の声を聞けば則ち怒る。高城深池、矢石 繁く下るも、士は先登を争ふ。白刃 始めて合ふも、士は先赴を争ふ。士は死を好みて傷つくを楽しむに非ざるなり。其の将の寒暑・飢飽を知ること審らかにして、労苦を見ること明らかなるが為なり」と。
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