韓非子 / 安危第二十五
使殷不遺於朝,則周不敢望秋毫於境,而況敢易位乎?明主之道忠法,其法忠心,故臨之而治,去之而思。
書き下し
明主の道は法に忠なり、其の法は心に忠なり。故に之に臨みては法り、之を去りては思わる。
現代語訳
優れた君主の道は、法(ルール)に忠実である。そしてその法は、民の心(実情)に忠実である。だから、君主が在位中は(法によって)治まり、君主が去った後も(その徳を)慕われる。
解説
優れたリーダーシップ(明主の道)とは、厳格な「法(ルール)」を運用することである。しかし、その「法」は、単なる管理のためのものではなく、現場の実情や社員の心理(心)に寄り添った(忠)ものでなければならない。ルール(法)と実情(心)の両方に忠実であって初めて、組織は治まり(法り)、リーダーは去った後も慕われる(思わる)。
この章句が説くこと
ルール現場感覚実情エンゲージメントリーダーシップ信頼
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