論語と算盤 / 算盤と権利・唯王道あるのみ
若しそれ富豪も貧民も王道を以て立ち、王道は即ち人間行為の定規であるといふ考を以て世に処すならば、百の法文、千の規則あるよりも遙に勝つた事と思ふ、換言すれば、資本家は王道を以て労働者に対し、労働者も亦王道を以て資本家に対し、其の関係しつ〻ある事業の利害得失は即ち両者に共通なる所以を悟り、相互に同情を以て始終するの心掛ありてこそ、始めて真の調和を得らる〻のである
新字:若しそれ富豪も貧民も王道を以て立ち、王道は即ち人間行為の定規であるといふ考を以て世に処すならば、百の法文、千の規則あるよりも遥に勝つた事と思ふ、換言すれば、資本家は王道を以て労働者に対し、労働者も亦王道を以て資本家に対し、其の関係しつ〻ある事業の利害得失は即ち両者に共通なる所以を悟り、相互に同情を以て始終するの心掛ありてこそ、始めて真の調和を得らる〻のである
書き下し
もしそれ富豪も貧民も王道をもって立ち、王道はすなわち人間行為の定規であるという考えをもって世に処するならば、百の法文、千の規則あるよりも遥かに勝ったことと思う。換言すれば、資本家は王道をもって労働者に対し、労働者もまた王道をもって資本家に対し、その関係しつつある事業の利害得失はすなわち両者に共通なる所以を悟り、相互に同情をもって始終するの心掛けありてこそ、始めて真の調和を得られるのである。
現代語訳
もし富める者も貧しい者も王道によって立ち、王道こそ人の行いの物差しだという考えで世を渡るなら、百の条文、千の規則があるよりも、はるかに勝るだろうと思う。言い換えれば、資本家は王道をもって労働者に対し、労働者もまた王道をもって資本家に対し、いま関わっている事業の利害得失は両者に共通のものだと悟り、互いに同情をもって始めから終わりまで通す——その心がけがあってはじめて、本当の調和が得られるのである。
解説
労働問題を法だけで解けるか、という章である。渋沢は法の制定そのものは認めながら、それに一も二もなく裁断を仰ぐ習慣を警戒する。家族のなかで父子兄弟が権利義務を主張し合って法に訴えれば、和合は望めなくなる——資本家と労働者もそれと同じだ、と。彼が見ていたのはクルップ社やウォルサム時計会社の家族的な組織で、そこに王道の円熟を見た。法を空文に終わらせるほど関係が良いのが理想だ、という発想である。同時に彼は貧富の差をなくせるとも考えていない。富の平均分配は空想だと言い切る。だから処方は格差の解消ではなく、両者の関係を円満に保つことに置かれた。禍を未萌に防げ、というのが結語である。
この章句が説くこと
唯王道あるのみ労働問題法と情貧富の懸隔
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