論語と算盤 / 算盤と権利・唯王道あるのみ
若しそれ富豪も貧民も王道を以て立ち、王道は即ち人間行為の定規であるといふ考を以て世に処すならば、百の法文、千の規則あるよりも遙に勝つた事と思ふ、換言すれば、資本家は王道を以て労働者に対し、労働者も亦王道を以て資本家に対し、其の関係しつ〻ある事業の利害得失は即ち両者に共通なる所以を悟り、相互に同情を以て始終するの心掛ありてこそ、始めて真の調和を得らる〻のである
新字:若しそれ富豪も貧民も王道を以て立ち、王道は即ち人間行為の定規であるといふ考を以て世に処すならば、百の法文、千の規則あるよりも遥に勝つた事と思ふ、換言すれば、資本家は王道を以て労働者に対し、労働者も亦王道を以て資本家に対し、其の関係しつ〻ある事業の利害得失は即ち両者に共通なる所以を悟り、相互に同情を以て始終するの心掛ありてこそ、始めて真の調和を得らる〻のである
書き下し
もしそれ富豪も貧民も王道をもって立ち、王道はすなわち人間行為の定規であるという考えをもって世に処するならば、百の法文、千の規則あるよりも遥かに勝ったことと思う。換言すれば、資本家は王道をもって労働者に対し、労働者もまた王道をもって資本家に対し、その関係しつつある事業の利害得失はすなわち両者に共通なる所以を悟り、相互に同情をもって始終するの心掛けありてこそ、始めて真の調和を得られるのである。
現代語訳
もし富める者も貧しい者も王道によって立ち、王道こそ人の行いの物差しだという考えで世を渡るなら、百の条文、千の規則があるよりも、はるかに勝るだろうと思う。言い換えれば、資本家は王道をもって労働者に対し、労働者もまた王道をもって資本家に対し、いま関わっている事業の利害得失は両者に共通のものだと悟り、互いに同情をもって始めから終わりまで通す——その心がけがあってはじめて、本当の調和が得られるのである。
解説
この章句が説くこと
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孟子・盡心章句上桃應問いて曰く、「舜、天子と為り、皋陶、士と為り、瞽瞍、人を殺さば、則ち之を如何せん。」孟子曰く、「之を執らえんのみ。」「然らば則ち舜は禁ぜざるか。」曰く、「夫れ舜は惡くんぞ得て之を禁ぜん。夫れ之を受くる所有るなり。」「然らば則ち舜は之を如何せん。」曰く、「舜は天下を棄つるを視ること、猶は敝蹝(ヘイ・シ)を棄つるがごときなり。竊かに負うて逃がれ、海濱に遵いて處り、終身訢(キン)然として、樂しみて天下を忘れん。」
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論語・子路篇葉公、孔子に語りて曰く、「吾が党に直躬なる者有り。其の父羊を攘みて、子之を証せり。」孔子曰く、「吾が党の直き者は是に異なる。父は子の為に隠し、子は父の為に隠す。直きこと其の中に在り。」
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論語・里仁篇子曰わく、参よ、わが道は一以てこれを貫く。曾子曰く、唯。子出づ。門人問いて曰く、何の謂いぞや。曾子曰く、夫子の道は忠恕のみ。
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『新書』春秋楚の恵王、寒葅を食らいて蛭を得、因りて遂に之を吞む。腹に疾有りて食らう能わず。令尹入りて問いて曰く、「王安んぞ此の疾を得たる」と。王曰く、「我寒葅を食らいて蛭を得たり。念うに、之を譴めて其の罪を行わざれば、是れ法廃れて威立たざるなり。聞く所に非ざるなり。譴めて其の誅を行えば、則ち庖宰、食を監る者は、法皆な死に当たる。心又た忍びず。故に吾蛭の見わるるを恐れ、遂に之を吞めり」と。令尹席を避け、再拝して賀して曰く、「臣聞く、『皇天は親無く、惟れ徳を是れ輔く』と。王に仁徳有れば、天の奉ずる所なり。病は傷と為らず」と。是の昔や、恵王の後に蛭出でて、故に其の久病心腹の積皆な愈ゆ。故に天の視聴、察せずと謂う可からず。
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礼記・文王世子公族の罪は、親(した)しと雖も以て有司を犯さざるは、正術なり。百姓を体する所以なり。隠れたる者に刑するは、国人と兄弟を慮らざるなり。弔せず、為に服せず、異姓の廟に哭するは、祖を忝(はずかし)むるが為に之を遠ざくるなり。素服して外に居り、楽を聴かざるは、私に之を喪するなり。骨肉の親は絶つこと無きなり。公族に宮刑無きは、其の類を翦(た)たざるなり。
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論語・里仁篇子曰わく、富と貴は人の欲するところなり。その道によらずして得れば、居らず。貧と賤は人の悪むところなり。その道によらずして得れば、去らず。君子仁を去りていずくにか名を成さん。君子は食を終うる間も仁に違わず、あわただしくともこれにより、困窮してもこれにより。
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