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論語と算盤 / 算盤と権利・金門公園の掛札

之に対してル氏が言ふには、私は日本の商工業が劣つて居るといふ意味を以て、他を褒めた訳ではなかつた、詰り軍事と美術とが先に自分の眼についたから、日本の有力なる人に向つては、先づ日本の長所を述べるのが宜いと思つたのである、決して日本の商工業を軽蔑したのでは無い、私の言葉が悪るかつたのだから、悪い感じを持つて下さらぬやうにして欲しい、イヤ決して悪い感じは持ちませぬ、閣下が日本の長所を褒めて下さつたのは有難いけれども、私は商工業が第三の日本の長所たるやうになりたいと、頻りに苦心して居るのであると言つて、胸襟を披いて談話したことがある、其後亜米利加の各地に於て種々の人々にも会ひ、いろ〳〵の物にも接触して、誠に愉快なる旅行を了つて帰朝したのである。

書き下し

これに対してル氏が言うには、私は日本の商工業が劣っているという意味をもって、他を褒めた訳ではなかった。つまり軍事と美術とが先に自分の眼についたから、日本の有力なる人に向かっては、まず日本の長所を述べるのがよいと思ったのである。決して日本の商工業を軽蔑したのではない。私の言葉が悪かったのだから、悪い感じを持って下さらぬようにして欲しい。いや決して悪い感じは持ちませぬ。閣下が日本の長所を褒めて下さったのはありがたいけれども、私は商工業が第三の日本の長所たるようになりたいと、しきりに苦心しているのであると言って、胸襟を開いて談話したことがある。その後アメリカの各地において種々の人々にも会い、いろいろの物にも接触して、誠に愉快なる旅行を終わって帰朝したのである。

現代語訳

これに対してルーズベルト氏が言うには、「私は日本の商工業が劣っているという意味で、ほかのことを褒めたわけではなかった。つまり、軍事と美術がまず自分の目についたので、日本の有力な人に向かっては、まず日本の長所を述べるのがよいと思ったのである。決して日本の商工業を軽蔑したのではない。私の言葉が悪かったのだから、悪く思わないでほしい」とのことであった。私は、「いや、決して悪くは思っておりません。閣下が日本の長所を褒めてくださったのはありがたいことですが、私は商工業が日本の第三の長所となるよう、しきりに苦心しているのです」と言って、胸を開いて語り合ったことがある。その後、アメリカの各地でさまざまな人々に会い、いろいろな物にも触れて、まことに愉快な旅行を終えて帰国したのである。

解説

渋沢が「次は商工業を褒めてもらえるようにする」と答えた後の、大統領の応答である。ルーズベルトは言葉が悪かったと詫び、商工業を軽んじたのではないと釈明した。渋沢はそれを受け、悪い感じは持たない、ただ商工業を日本の第三の長所にしたいと苦心しているのだと胸襟を開いて語った。相手の賛辞に不満を示したのではなく、自分の志を述べたのである。だから大統領も素直に言葉を足し、会談は率直な対話になった。第一国立銀行を興し、五百余りの会社の設立に関わってきた渋沢にとって、日本の商工業を世界に並ぶものにすることは生涯の目標であった。軍事でも美術でもなく、実業で国の評価を得たいという思いが、この一言に凝縮されている。自分の持ち場で国や社会の評価を変えたいと考える者にとって、この応答は一つの手本になる。

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