導師導古典を学びたいすべての人に

論語と算盤 / 人格と修養・権威ある人格養成法

国民の帰依すべき道徳律が確立して居り、人はこれに信仰を持つて社会に立つといふ有様であるならば、人格は自ら養成されるから、社会は滔々として我利のみ是れ図るといふやうなことはない訳である、故に余は青年に向つて只管人格を修養せんことを勧める、青年たるものは真摯にして率直、しかも精気内に溢れ活力外に揚る底のもので、謂ゆる威武も屈する能はざる程の人格を養成し、他日自己を富裕にすると共に、国家の富強をも謀ることを努めねばならぬ、信仰の一定せられざる社会に処する青年は、危険が甚だしいだけに自己もそれだけに自重してやらねばならぬのである。

書き下し

国民の帰依すべき道徳律が確立しており、人はこれに信仰を持って社会に立つという有様であるならば、人格は自ずから養成されるから、社会は滔々として我利のみこれ図るというようなことはない訳である。ゆえに余は青年に向かってひたすら人格を修養せんことを勧める。青年たるものは真摯にして率直、しかも精気内に溢れ活力外に揚がる底のもので、いわゆる威武も屈する能わざるほどの人格を養成し、他日自己を富裕にすると共に、国家の富強をも謀ることを努めねばならぬ。信仰の一定せられざる社会に処する青年は、危険が甚だしいだけに自己もそれだけに自重してやらねばならぬのである。

現代語訳

国民が拠りどころとすべき道徳律が確立していて、人々がそれに信仰を持って社会に立つというありさまであれば、人格はおのずから養われるから、社会がこぞって自分の利益ばかりを図るということはないはずである。だから私は青年に向かって、ひたすら人格を修養することを勧める。青年たる者は真剣で率直であり、しかも精気が内に満ち、活力が外にあふれるようなものであって、いわゆる「威武も屈する能わず」(権威や武力にも屈しない)というほどの人格を養い、いつの日か自分を豊かにするとともに、国家の富強をも図るよう努めなければならない。信仰が一つに定まっていない社会に生きる青年は、危険が大きいだけに、自分もそれだけ自重してやっていかなければならないのである。

解説

「威武も屈する能はず」は『孟子』滕文公下篇の「富貴も淫すること能はず、貧賤も移すこと能はず、威武も屈すること能はず、此れを之れ大丈夫と謂ふ」から取られた句である。富にも貧しさにも権力にも心を動かされない者こそ大丈夫だ、という孟子の人間像を、渋沢は青年の目標として掲げる。この段の論理は明快である。社会全体が共有する道徳律があれば、人格は自然に育つ。しかし今はそれがない。だから一人ひとりが自覚的に人格を修めなければならない、と。共通の拠りどころがない社会は、自由である分、個人の自重を強く求める。渋沢はそれを「危険が甚だしい」と言い切る。自分を富ませることと国を富ませることを同時に目指せ、という結びにも、私利と公益を分けない彼の考えが表れている。

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る