論語と算盤 / 人格と修養・須らく其の原因を究むべし
乃木大将に対するも、唯その壮烈の一死のみを感歎して、其の人格と操行とに想到せぬのは、恰かも人の富貴栄達を見て、徒らに其の結果を羨望すると同様になりはせぬか、故に私は将軍に対して、殉死其物を軽視するといふ意味ではないけれども、斯の如く天下を感動せしめたる所以のものは、壮烈無比なる殉死にありと謂はんよりは、寧ろ将軍の平生の心事、平生の行状が之をして然らしめたものなりと解釈するのである。
新字:乃木大将に対するも、唯その壮烈の一死のみを感嘆して、其の人格と操行とに想到せぬのは、恰かも人の富貴栄達を見て、徒らに其の結果を羨望すると同様になりはせぬか、故に私は将軍に対して、殉死其物を軽視するといふ意味ではないけれども、斯の如く天下を感動せしめたる所以のものは、壮烈無比なる殉死にありと謂はんよりは、寧ろ将軍の平生の心事、平生の行状が之をして然らしめたものなりと解釈するのである。
書き下し
乃木大将に対するも、ただその壮烈の一死のみを感嘆して、その人格と操行とに想到せぬのは、あたかも人の富貴栄達を見て、いたずらにその結果を羨望すると同様になりはせぬか。ゆえに私は将軍に対して、殉死そのものを軽視するという意味ではないけれども、かくのごとく天下を感動せしめたる所以のものは、壮烈無比なる殉死にありと言わんよりは、むしろ将軍の平生の心事、平生の行状がこれをしてしからしめたものなりと解釈するのである。
現代語訳
乃木大将に対しても、ただその壮烈な一死だけに感嘆して、その人格と行いに思いを致さないのは、ちょうど人の富貴や栄達を見て、むやみにその結果だけを羨むのと同じことになりはしないか。だから私は将軍について、殉死そのものを軽んじるという意味ではないけれども、これほど天下を感動させた理由は、壮烈比類ない殉死にあると言うよりは、むしろ将軍の平生の心のあり方、平生の行いがそうさせたのだと解釈するのである。
解説
関連する章句
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『論語と算盤』人格と修養・須らく其の原因を究むべしとかく世の中の青年は、人の結末だけを見てこれを欽羨し、その結末を得る原因がいかほどであったかということに見到らぬ弊が多くてならぬ。ある人は栄達したとか、ある人は富を得たとか言って羨望するけれども、その栄達もしくはその富を得るまでの勤勉は容易ならぬ。智識はもちろん、力行とか忍耐とか、常人の及ばざる刻苦経営の結果であるに相違ない。その智識その力行、その忍耐というものに思い到らないで、ただその結果だけを見てこれを羨望するのは甚だいわれないことである。
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『論語と算盤』人格と修養・須らく其の原因を究むべし私の観る所もほぼ後者と同様なれども、乃木大将が末期における教訓が尊いというよりは、むしろ生前の行為こそ真に崇敬すべきものありと思う。換言すれば、大正元年九月十三日までの乃木大将の行為が純潔で優秀であるから、その一死が青天の霹靂のごとく世間に厳しい感想を与えたのである。大将の殉死がいかなる動機から起こったにいたせ、ただその一死だけがかくのごとく世間に激しい影響を与えたのでは無かろう。ゆえに私は前に述べた点について少しく意見を敷衍して見ようと思う。ただし私は乃木大将とは親しみが厚くなかったから、その性行をつまびらかに知らぬけれども、殉死後各方面の評論から観察すると、実に忠誠無二の人である。廉潔の人である。その一心はただ奉公の念に満たされた人である。そして事に処して常に精神をこれに集注していやしくもせぬ人であるということは、すべての行為において察知し得らるるのである。
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『論語と算盤』人格と修養・須らく其の原因を究むべし乃木大将の殉死について世間の論ずる所を観るに、ある説のごときは、殉死については多少非難なきにあらざれど、乃木大将にして始めて可なり、他人これに倣うべきにあらずと論ずるもあり、または絶対に感嘆すべき武士的行為にして、実に世の中を聳動せしめたる天晴れの最期とて、限りなき崇敬の心をもって論評するもありて、ほとんど当時の新聞雑誌がその事について塡められたほどであるから、大将の行為は現社会に大なる影響を与えたと言い得るだろうと思う。
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『論語と算盤』人格と修養・須らく其の原因を究むべしかくのごとく奉公の念に強い所から、不幸にも先帝の崩御に際して、もはやこの世に生き甲斐がないと思われたのであろう。もとより将来の軍事についても、学習院の事務についても、また当時イギリスの皇族に対する接伴のことも、種々関心の事はありしならんも、しかし軽重これに代え難いという所から、忍び難きを忍びて殉死と決して、さてこそその事が発露したればこそ、将軍の心事が世間に顕れて、実に世界を聳動したのである。ゆえに私は思う、ただその一命を棄てたのが偉いのではなくして、六十余歳までのすべての行動、すべての思想が偉かったということを頌讃せねばならぬ。
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『論語と算盤』人格と修養・須らく其の原因を究むべしことに軍務的行動については、何物をも犠牲にして君のため国のために尽くすという精神に富まれたことは、現に二人の令息が日露戦役にて前後討死された時にも、将軍は君国のために堅忍その情を撓めて、涙一滴も人に見せなかった一事に徴しても明らかである。全体将軍は青年の頃より、軍人としては事ごとに長上の命令に服従して、水火の中をも辞せぬという堅実なる服従気性を持っておられたと同時に、事の是非善悪についての議論には、いささかも権勢に屈せぬという凛乎たる意考を持っておられたように見受けられる。それかあらぬか、ある場合に先輩の意見に逆らって休職になったなどということは、けだしその強固の意志に原因せしものと想像される。さらば至って偏狭な過激なただ感情的の人かと思うと、その間に靄然たる君子の風ありて、あるいは諧謔をもって、あるいは温乎たる言動をもって、人をなつけられ、自己が率いた兵隊などに対してもそれこそ心からその人の痛苦を恕察し、またその戦死については、故郷の父母妻子に対して深く哀情を添えておられた。
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『論語と算盤』人格と修養・須らく其の原因を究むべし昔時軍人の美談として世に伝えられている呉起が、その部下の兵士の創の膿を吸うて癒してやった時に、その武士は大いに喜びて、この創が癒えたらば将軍のために戦場で命を棄てねばならぬと言って感じた。するとその母の言うには、人情さもあるべき事であるが、汝の兄もその通りにしてついに討死したとて嘆いたという話がある。呉起が兵士の膿を吸うたのは衷心から出たのか、あるいは一の術数でありはせぬかと、その母は疑うて嘆いたのではあるまいかと思う。しかるに乃木将軍に至っては、全く天真爛漫たる衷情から兵士を労われたのである。単に軍隊におられる時のみしかるにあらずして、学習院に院長としておられた時にも、掬するばかりの情愛がすべての方面に現れている。さらばその平生はいかにやというと、独り武ばかりを誇りとする人にあらずして、文雅にも富まれている。いかに忠誠の人でもただ武骨一片で、花を見ても面白くない月を見ても感じないという人は困る。
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