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論語と算盤 / 人格と修養・東照公の修養

東照公に驚くべきは、神道仏教儒教等に大層力を入れられたことである、之に向つて種々の調査をなされて、其の隆興を計つたことは容易でない、是れも歴史家に相当の批評もありませうが、私は特に文政を修められたについて深く敬服する、仏教には梵舜といふ人がありますが、之は余り立派な学者では無かつた為に、東照公も感心なさらぬで後に南光坊天海によつて仏教をお取調べになり、儒教では藤原惺窩を第一に聘し、尋いで其の弟子の林道春を御儒家として立派に其家を立てた、且つ此の儒教を尊んだことは頗る重かつたやうであつた、殊に東照公は論語中庸をよくお読みなすつたことは歴史に明記してありますからして、諸君も御記憶でありませうが、

書き下し

東照公に驚くべきは、神道仏教儒教等に大層力を入れられたことである。これに向かって種々の調査をなされて、その隆興を計ったことは容易でない。これも歴史家に相当の批評もありましょうが、私は特に文政を修められたについて深く敬服する。仏教には梵舜という人がありますが、これはあまり立派な学者ではなかったために、東照公も感心なさらぬで後に南光坊天海によって仏教をお取り調べになり、儒教では藤原惺窩を第一に聘し、ついでその弟子の林道春を御儒家として立派にその家を立てた。かつこの儒教を尊んだことはすこぶる重かったようであった。ことに東照公は論語中庸をよくお読みなすったことは歴史に明記してありますからして、諸君も御記憶でありましょうが。

現代語訳

東照公(徳川家康)について驚くべきは、神道・仏教・儒教などに大いに力を入れられたことである。これらについてさまざまな調査をさせ、その興隆を図ったのは容易なことではない。これについても歴史家にはそれ相応の批評があるだろうが、私はとくに文による政治を整えられた点に深く敬服する。仏教では梵舜という人がいたが、これはあまり立派な学者ではなかったため、東照公も感心なさらず、のちに南光坊天海によって仏教をお調べになった。儒教では藤原惺窩をまず招き、次いでその弟子の林道春(林羅山)を御儒者として取り立て、立派に一家を立てさせた。しかもこの儒教を尊ぶことは、たいへん重いものであったようだ。ことに東照公が論語や中庸をよく読まれたことは歴史に明記されているから、諸君も覚えておられるだろうが、

解説

家康の修養を語る章のなかで、渋沢は家康が神道・仏教・儒教の三つに力を注いだことを挙げる。武功で天下を取った人物を、学問と宗教の保護者として見直す一段である。梵舜は吉田家に生まれた僧、南光坊天海は家康の没後にその祭祀を主導した天台僧、藤原惺窩は近世儒学の祖とされ、その弟子の林羅山(道春)は家康から家綱まで四代に仕え、林家は幕府の学問を担う家となった。渋沢自身、幕臣として徳川家に仕えた身であり、その祖を論語の読者として描こうとしている。家康が論語や中庸を好んだという話は、遺訓と論語を突き合わせる後段への伏線になる。組織の長が何を学び、誰を師として招くかは、その組織の気風を長く決める。家康の人選はその実例である。

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