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論語と算盤 / 人格と修養・二宮尊徳と西郷隆盛

依て私は此所で平素自分の抱持する財政意見を言つて置くべき好機会だと思つたので、『如何にも仰せの通りである、二宮先生の遺された興国安民法を廃止せず、之を引続き実行すれば、それで相馬一藩は必ず立ち行くべく、今後ともに益〻繁昌するのであらうが、国家の為に興国安民法を講ずるが相馬藩に於ける興国安民法の存廃を念とするよりも、更に一層の急務である。

書き下し

よって私はここで平素自分の抱持する財政意見を言っておくべき好機会だと思ったので、『いかにも仰せの通りである。二宮先生の遺された興国安民法を廃止せず、これを引き続き実行すれば、それで相馬一藩は必ず立ち行くべく、今後ともにますます繁昌するのであろうが、国家のために興国安民法を講ずるが相馬藩における興国安民法の存廃を念とするよりも、さらに一層の急務である。

現代語訳

そこで私は、ここで日頃から自分が抱いている財政についての意見を言っておくべき好機だと思い、こう述べた。「いかにもおっしゃる通りである。二宮先生の遺された興国安民法を廃止せず、これを引き続き実行すれば、それで相馬一藩は必ず立ち行くだろうし、今後ともますます繁栄するであろう。しかし、国家のために興国安民法を講じることのほうが、相馬藩の興国安民法を残すか廃するかを気にかけるよりも、さらにいっそうの急務である。

解説

西郷の納得を受けて、渋沢はここを好機と見て、日頃の財政意見を切り出す。相馬藩の法を残せば一藩は立ち行き、ますます繁栄するだろう。それは認める。だが一藩の法の存廃より、国家のための興国安民法を講じることのほうがはるかに急務だ、と。この言葉は、既存の一段で続く西郷への切論、すなわち一藩のためには奔走しながら国家の財政に考えがないのは本末転倒だ、という直言へつながる。背景には、当時の政府財政への渋沢の強い危機感がある。各省の支出要求が膨らむなかで、渋沢と井上馨は歳入を量って歳出を定める原則を主張し、明治六年にはそれが容れられず、そろって大蔵省を去った。二宮の分度の考え方を国の財政にこそ当てはめよ、という主張である。部分の最適に力を注ぐ前に、全体の土台が整っているかを問う視点を示している。

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