講孟余話 / 盡心上 第四十六章
不能三年之喪、而緦小功之察、放飯流歠、而問無齒決、是之謂不知務、亦良喩ナリ、今人大眼目ナシ、好テ瑣事末節ヲ論ス、此弊読書人尤モ甚シ、不忠不孝不信不義ハ人ノ大罪ナリ、却テ措テ論セス、極論直言スル者ヲ不敬ト號シ、酒ヲ飮ミ人ヲ罵レハ狂氣ト號ス、其書ヲ講スルニ至テハ、一言半句朱註ニ戾レハ異端雜学ト號ス、天下国家ヲ憂レハ、蘇秦張儀ト號ス、膺懲撻伐ヲ論スレハ麤豪ト号ス、而其自ラ行フ所ヲ見レハ、邊幅ヲ修飾シ、言語ヲ沈重シ、小廉曲謹、郷里善人ノ名ヲ貪リ、權勢ノ門ニ伺候シ、阿諛曲從至ラサル所ナシ、行々ノ色著レズ、侃々ノ声聞ヘス、忠ナラズ孝ナラズ尤モ朋友ニ信ナラス、而シテ自ラ居テ愧ルコトヲ知ラズ、是之謂不知務、此篇、下篇ト相屬ク、故ニ總論ハ下篇ニテ云ヘシ、但シ此篇大氏盡心ノ二字ヲ以テ骨子トシ、君子窮達ノ道、國政王覇ノ辨等、皆尽セリ、或ハ三四章モ相連リ、或ハ断テ他事ニ及フモアリ、各章ニ於テ已ニ畧之ヲ論ス、意ヲ畄メテ是ヲ見ハ自ラ知ラン、結末三章相承ク、是亦尤モ尽心ノ工夫ナリ、講孟劄記卷之四中終
新字:不能三年之喪、而緦小功之察、放飯流歠、而問無歯決、是之謂不知務、亦良喩ナリ、今人大眼目ナシ、好テ瑣事末節ヲ論ス、此弊読書人尤モ甚シ、不忠不孝不信不義ハ人ノ大罪ナリ、却テ措テ論セス、極論直言スル者ヲ不敬ト号シ、酒ヲ飲ミ人ヲ罵レハ狂気ト号ス、其書ヲ講スルニ至テハ、一言半句朱註ニ戻レハ異端雑学ト号ス、天下国家ヲ憂レハ、蘇秦張儀ト号ス、膺懲撻伐ヲ論スレハ麤豪ト号ス、而其自ラ行フ所ヲ見レハ、辺幅ヲ修飾シ、言語ヲ沈重シ、小廉曲謹、郷里善人ノ名ヲ貪リ、権勢ノ門ニ伺候シ、阿諛曲従至ラサル所ナシ、行々ノ色著レズ、侃々ノ声聞ヘス、忠ナラズ孝ナラズ尤モ朋友ニ信ナラス、而シテ自ラ居テ愧ルコトヲ知ラズ、是之謂不知務、此篇、下篇ト相属ク、故ニ総論ハ下篇ニテ云ヘシ、但シ此篇大氏尽心ノ二字ヲ以テ骨子トシ、君子窮達ノ道、国政王覇ノ弁等、皆尽セリ、或ハ三四章モ相連リ、或ハ断テ他事ニ及フモアリ、各章ニ於テ已ニ略之ヲ論ス、意ヲ畄メテ是ヲ見ハ自ラ知ラン、結末三章相承ク、是亦尤モ尽心ノ工夫ナリ、講孟劄記巻之四中終
書き下し
「三年の喪を能くせずして、緦・小功を之れ察し、放飯流歠して、歯決すること無きを問ふ。是れを之れ務めを知らずと謂ふ」、亦良き喩へなり。今人大眼目なし、好んで瑣事末節を論ず。此の弊、読書人尤も甚だし。不忠不孝不信不義は人の大罪なり、却つて措きて論ぜず。極論直言する者を不敬と号し、酒を飲み人を罵れば狂気と号す。其の書を講ずるに至りては、一言半句朱註に戻れば異端雑学と号す。天下国家を憂ふれば蘇秦・張儀と号す。膺懲撻伐を論ずれば麤豪と号す。而して其の自ら行ふ所を見れば、辺幅を修飾し、言語を沈重にし、小廉曲謹、郷里善人の名を貪り、権勢の門に伺候し、阿諛曲従至らざる所なし。行々の色著はれず、侃々の声聞こえず、忠ならず孝ならず尤も朋友に信ならず、而して自ら居りて愧づることを知らず。是れを之れ務めを知らずと謂ふ。此の篇、下篇と相属く、故に総論は下篇にて云ふべし。但し此の篇大抵尽心の二字を以て骨子とし、君子窮達の道、国政王覇の弁等、皆尽くせり。或いは三四章も相連なり、或いは断ちて他事に及ぶもあり。各章に於て已に略之れを論ず、意を留めて是れを見ば自ら知らん。結末三章相承く、是れ亦尤も尽心の工夫なり。講孟劄記巻之四中終。
現代語訳
「三年の喪はきちんと務められないのに、緦麻や小功といった軽い喪の細則にはやかましく、ご飯をかきこみ汁をすすりながら、干し肉を歯で噛み切らないかどうかを問う。これを務めを知らないという」とは、うまいたとえである。今の人には大きな見識がなく、好んで些細な末節を論じる。この弊害は読書人に最もひどい。不忠・不孝・不信・不義は人の大罪であるのに、かえって放っておいて論じない。思い切った議論や直言をする者を不敬と呼び、酒を飲んで人を罵れば狂気と呼ぶ。書物を講じるとなると、一言半句でも朱子の注に違えば異端・雑学と呼ぶ。天下国家を憂えれば蘇秦・張儀のような口先の策士と呼び、外敵を懲らしめ討つことを論じれば粗暴と呼ぶ。そのくせ、その人たち自身の行いを見ると、うわべを飾り、言葉づかいを重々しくし、小さな清廉や形だけの慎みで郷里の善人という評判をむさぼり、権勢のある家に出入りして、へつらい従わないところがない。剛直な様子は見えず、堂々と正論を述べる声も聞こえず、忠でも孝でもなく、とりわけ友に対して信がない。それでいて自分では恥じることを知らない。これこそ「務めを知らない」というものである。この篇は下篇と続いているので、総論は下篇で述べることにする。ただ、この篇はおおむね「尽心」の二字を骨子とし、君子が窮した時と栄えた時の道、国の政治、王道と覇道の区別などをすべて論じ尽くしている。三、四章が連なっているところもあれば、話を断って他の事に及ぶところもある。それぞれの章でおおよそはすでに論じたので、気をつけて読めばおのずから分かるだろう。結びの三章は互いに受け継いでおり、これもまた最も尽心の工夫である。講孟劄記巻之四中終わり。
解説
この章句が説くこと
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