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論語と算盤 / 人格と修養・誤解され易き元気

此の元気を完全に養ふたならば、今の学生が軟弱だ、淫靡だ、優柔だと言はれるやうな謗りは、決して受ける気遣はなからうと思ふ、併し今日の儘では、多少悪くすると元気を損ずる場合がないとは言はれぬ、老人とても猶ほ然りであるが、特に最も任務の重い現在の青年は、此の元気を完全に蓄はへることを呉々も努めなくてはならぬ、程伊川の言葉であつたと思ふが、『哲人見機誠之思、志士厲行致之為』との句がある、或は文字が間違つてるかも知れぬが、これは私の注意した言葉で、今も感心するが、彼の明治時代の先輩は『哲人見機誠之思』といふことをした人である、大正時代の青年は何うしても『志士厲行致之為』といふ方であつて、総て巧みに之を纏むる時代であると思ふ、故に青年は十分元気旺盛にして、聖代に報答するの心掛が緊要であると思ふ。

書き下し

この元気を完全に養うたならば、今の学生が軟弱だ、淫靡だ、優柔だと言われるような謗りは、決して受ける気遣いはなかろうと思う。しかし今日のままでは、多少悪くすると元気を損ずる場合がないとは言われぬ。老人とてもなおしかりであるが、特に最も任務の重い現在の青年は、この元気を完全に蓄えることをくれぐれも努めなくてはならぬ。程伊川の言葉であったと思うが、『哲人見機誠之思、志士厲行致之為』との句がある。あるいは文字が間違ってるかも知れぬが、これは私の注意した言葉で、今も感心するが、かの明治時代の先輩は『哲人見機誠之思』ということをした人である。大正時代の青年はどうしても『志士厲行致之為』という方であって、すべて巧みにこれをまとむる時代であると思う。ゆえに青年は十分元気旺盛にして、聖代に報答するの心掛けが緊要であると思う。

現代語訳

この元気を完全に養ったなら、今の学生が軟弱だ、ふしだらだ、優柔不断だと言われるような非難は、決して受ける心配はないだろうと思う。しかし今日のままでは、悪くすると多少なりとも元気を損なう場合がないとは言えない。老人にしてもやはりそうだが、とくにもっとも任務の重い今の青年は、この元気を完全に蓄えることに、くれぐれも努めなければならない。程伊川(程頤)の言葉だったと思うが、「哲人は機を見て之を思いに誠にし、志士は行いを厲まして之を為すに致す」という句がある。あるいは文字が間違っているかもしれないが、これは私が心に留めた言葉で、今も感心している。あの明治時代の先輩たちは、「哲人は機を見て之を思いに誠にす」ということをした人々である。大正時代の青年は、どうしても「志士は行いを厲まして之を為すに致す」のほうであって、すべてを巧みにまとめ上げる時代であると思う。だから青年は元気を十分に旺盛にして、この聖代に報いる心がけが肝要であると思う。

解説

章の結びで渋沢は、元気を養えば今の学生が軟弱・淫靡・優柔と謗られることはない、と青年に呼びかける。そこで引くのが北宋の程頤(伊川)の句である。程頤の「四箴」の一つ「動箴」には「哲人知幾、誠之於思、志士励行、守之於為」とあり、渋沢が「文字が間違つてるかも知れぬ」と断っている通り、記憶による引用で字句が異なる。意味は、賢者は物事の兆しを知って思いのうちに誠を尽くし、志ある者は行いを励まして実行のうちにそれを守る、ということである。渋沢はこれを時代の役割分担に読み替えた。明治の先輩は兆しを見抜いて構想した人々であり、大正の青年はそれを実行し、巧みにまとめ上げる番だ、と。「聖代に報答」は当時の言葉だが、創業世代の構想を次の世代が実行で完成させるという見方は、事業承継にもそのまま当てはまる。

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