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論語と算盤 / 人格と修養・人格の標準は如何

人を見て万人一様なりとするには一理ある、万人皆相同じからずとするのも亦論拠がある、随つて人の真価を定むるにも、此の両者の論理を研究して適当の判断を下さねばならぬから、随分困難のことではあるが、其の標準を立つる前に、如何なる者を人といふか、先づ其れを定めてか〻らねばなるまいと思ふ、併しこれが中々の困難事で、人と禽獣とは何所が違ふかと言ふやうな問題も、昔は簡単に説明されたであらうが、学問の進歩に従つて、それすら益々複雑な説明を要するに至つたのである、昔欧州の或る国王が、人類天然の言語は如何なるものであるかを知りたいと思つて、二人の嬰児を一室に収容し、人間の言語を少しも聞かせないやうにして、何等の教育も与へずに置き、成長の後、連れ出して見たが、二人とも少しも人間らしい言語を発することが出来ず、唯獣のやうな不明瞭な音を発するのみであつたと言ふ、

書き下し

人を見て万人一様なりとするには一理ある。万人皆相同じからずとするのもまた論拠がある。したがって人の真価を定むるにも、この両者の論理を研究して適当の判断を下さねばならぬから、随分困難のことではあるが、その標準を立つる前に、いかなる者を人というか、まずそれを定めてかからねばなるまいと思う。しかしこれがなかなかの困難事で、人と禽獣とはどこが違うかというような問題も、昔は簡単に説明されたであろうが、学問の進歩に従って、それすらますます複雑な説明を要するに至ったのである。昔欧州のある国王が、人類天然の言語はいかなるものであるかを知りたいと思って、二人の嬰児を一室に収容し、人間の言語を少しも聞かせないようにして、何等の教育も与えずに置き、成長の後、連れ出して見たが、二人とも少しも人間らしい言語を発することが出来ず、ただ獣のような不明瞭な音を発するのみであったという。

現代語訳

人を見て、万人はみな同じだとするのにも一理ある。万人はみな同じではないとするのにも、また根拠がある。だから人の真価を定めるにも、この両方の論理を研究して適切な判断を下さなければならず、たいへん難しいことではあるが、その基準を立てる前に、どういう者を人と言うのか、まずそれを定めてかからなければならないと思う。しかしこれがなかなかの難題で、人と鳥獣とはどこが違うのかという問題も、昔は簡単に説明されたのだろうが、学問の進歩につれて、それすらますます複雑な説明を必要とするようになった。昔、ヨーロッパのある国王が、人類が生まれつき持つ言語とはどのようなものかを知りたいと思い、二人の赤ん坊を一室に入れ、人間の言葉を少しも聞かせないようにして、何の教育も与えずにおき、成長してから連れ出してみたところ、二人とも少しも人間らしい言葉を発することができず、ただ獣のような不明瞭な音を出すだけであったという。

解説

人の真価の基準を立てる前に、渋沢はさらに根本に遡る。そもそも何をもって人と言うのか、である。万人は同じだという見方にも、みな違うという見方にも理がある。人と禽獣の違いも、学問が進むほど説明が複雑になった、と。そこで引かれるのが、欧州のある王が赤子二人を言葉から隔てて育てた話である。この種の言語剥奪の実験は、古くはヘロドトスが伝えるエジプト王の話や、神聖ローマ皇帝フリードリヒ二世の逸話として知られるが、渋沢自身は次段で「事実か否かは知らない」と断っている。伝聞を伝聞として扱う態度は、前章の定信の慎重さとも響き合う。この話の要点は、人間らしさは生まれつき備わるものではなく、教え育てられて初めて現れるということにある。人の価値を論じる入口に、教育と修養の必要を置く組み立てになっている。

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