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論語と算盤 / 理想と迷信・発展の一大要素

明治の時代は新しい事物を入れて旧い事物を改造し、汲々として進歩を図つた時代であつた、勿論進歩が十分なりしとは言はれぬが、長い間国を鎖して欧米の文物に接触しなんだものが、僅かに四五十年の間に、漸次彼の長を採り我が短を補うて、或点は彼に恥ぢぬまで進歩した、勿論これは聖代の御蔭、明治天皇の聖明に由る所、在朝有司の誘導も亦謝意を表さねばならぬが、また国民の精励の然らしむる所と謂はねばならぬ。

書き下し

明治の時代は新しい事物を入れて旧い事物を改造し、汲々として進歩を図った時代であった。もちろん進歩が十分なりしとは言われぬが、長い間国を鎖して欧米の文物に接触しなかったものが、わずかに四五十年の間に、漸次かの長を採り我が短を補うて、ある点はかれに恥じぬまで進歩した。もちろんこれは聖代のおかげ、明治天皇の聖明による所、在朝有司の誘導もまた謝意を表さねばならぬが、また国民の精励のしからしむる所と言わねばならぬ。

現代語訳

明治という時代は、新しい事物を取り入れて古い事物を作り変え、懸命に進歩を図った時代であった。もちろん進歩が十分だったとは言えないが、長いあいだ国を閉ざして欧米の文物に触れてこなかった国が、わずか四、五十年のうちに、しだいに向こうの長所を採り入れ、こちらの短所を補って、ある点では向こうに恥じないところまで進歩した。これはもちろん聖代のおかげであり、明治天皇の聡明によるところであって、政府の役人たちの導きにも感謝しなければならないが、同時に国民の精励がそうさせたのだと言わなければならない。

解説

「発展の一大要素」の章は、明治という時代を振り返るところから始まる。鎖国を解いてわずか四、五十年で、欧米の長所を採り短所を補い、ある点では恥じないところまで来た。その功を渋沢は、天皇の聖明と政府の導きに帰しつつ、最後に「国民の精励」を挙げる。天皇への言及は大正期の公的な語り口であるが、要点は、進歩が上からの指導だけで成ったのではなく、民間の一人ひとりの努力によるという見方にある。幕臣としてパリ万博に随行し、欧州の銀行・株式会社の仕組みを見て帰った渋沢自身が、まさに「彼の長を採り」を実践した一人だった。この段は、次に続く「守成の時代と安んじるな」という主張への前置きであり、ここまでの成功を認めたうえで、なお先へ進めという論の足場をつくっている。

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