論語と算盤 / 理想と迷信・発展の一大要素
惟ふに是は先方にも大なる我儘があるに相違ない、不道理を言ひ張つて居ることは事実であるが、又事の此に到つたに就ては、我が国民も反省しなければならぬ点が大にあると思ふ、是等のことは現に当面の交渉問題となつて居るから、詳細に立入つて言ひ能はぬ事情もあるけれども、国民の期待は何所までも果す勇気を以て、而して能ふだけの忍耐を以て、大和民族の世界的発展の途を開き、何れの地方でも、厭がられ嫌はれる人民とならぬやうに心掛けることが、即ち発展の大要素であらうと思ふのである。
書き下し
思うにこれは先方にも大なる我儘があるに相違ない。不道理を言い張っていることは事実であるが、また事のここに到ったについては、我が国民も反省しなければならぬ点が大いにあると思う。これらのことは現に当面の交渉問題となっているから、詳細に立ち入って言い能わぬ事情もあるけれども、国民の期待はどこまでも果たす勇気をもって、しかも能うだけの忍耐をもって、大和民族の世界的発展の途を開き、いずれの地方でも、厭がられ嫌われる人民とならぬように心掛けることが、すなわち発展の大要素であろうと思うのである。
現代語訳
思うに、これは相手の側にも大きな我儘があるに違いない。道理に合わないことを言い張っているのは事実である。だが、事がここまで来たことについては、我が国民のほうにも反省すべき点が大いにあると思う。これらは現に交渉中の問題だから、細かく立ち入って言えない事情もあるけれども、国民としての期待はどこまでも果たす勇気をもって、しかもできる限りの忍耐をもって、日本人の世界への発展の道を開き、どの土地でも、厭がられ嫌われる人民とならないよう心がけること——それが発展の大きな要素であろうと思う。
解説
日米間で排日の紛議が高まっていた頃の章である。渋沢はまず相手の非を認める。不道理を言い張っているのは事実だ、と。だがそこで止めない。ここまで来たことには自国民にも反省すべき点が大いにある、と続ける。そして「厭がられ嫌はれる人民とならぬやうに心掛けること」を発展の要素に挙げた。相手が悪いという判断と、自分にも直すところがあるという判断は両立する——この二重の見方が、渋沢が日米関係に生涯関わり続けられた理由だろう。章の前段では、耕地が狭いなら農法を改良して収穫を倍にせよと具体を並べたうえで、それでも限りはあるから外へ出よ、と説いている。
この章句が説くこと
海外発展厭がられ嫌われぬこと日米関係勇気と忍耐誠実リーダーシップ
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