論語と算盤 / 理想と迷信・真正なる文明
さて一国の進歩は孰れに傾くかといふに、古来各国の実例を観るに、多く文化の進歩が先にして、実力が後より追随するやうに思はれる、殊に国によりては兵力が先づ前駆して、富力といふものは殊更に遅れ馳せになるといふことは、多く見る例である、我が帝国の現状も矢張りさういふ有様と謂わねばなるまいかと思ふ、其の国体が万国に冠絶して、而して百般の施設も、維新以後輔弼の賢臣が打寄つて漸次に建設せられたのであるから、洵に申分はないと思つて居る、只それに伴ふ富実の力が同じく完備して居るかといふと、悲いかな歳月尚ほ浅しと言はねばならぬ、富実の根本たるべき実業の養成は、短日月にして満足し得るものではない、為に前に申す国体とか制度とかいふものが完備せるに比較すれば、富力は頗る欠如して居る、但し其の富を増殖することのみに国民挙つて努力するならば、帝国小なりと雖も種々なる方法もあるだらう、けれども富むより先に使用せねばならぬといふ必要がある、
書き下し
さて一国の進歩はいずれに傾くかというに、古来各国の実例を観るに、多く文化の進歩が先にして、実力が後より追随するように思われる。ことに国によりては兵力がまず前駆して、富力というものはことさらに遅れ馳せになるということは、多く見る例である。我が帝国の現状もやはりそういう有様と言わねばなるまいかと思う。その国体が万国に冠絶して、そして百般の施設も、維新以後輔弼の賢臣が打ち寄って漸次に建設せられたのであるから、まことに申し分はないと思っている。ただそれに伴う富実の力が同じく完備しているかというと、悲しいかな歳月なお浅しと言わねばならぬ。富実の根本たるべき実業の養成は、短日月にして満足し得るものではない。ために前に申す国体とか制度とかいうものが完備せるに比較すれば、富力はすこぶる欠如している。ただしその富を増殖することのみに国民挙って努力するならば、帝国小なりといえども種々なる方法もあるだろう。けれども富むより先に使用せねばならぬという必要がある。
現代語訳
さて、一国の進歩はどちらに傾くものかと言えば、昔から各国の実例を見ると、多くは文化の進歩が先に立ち、実力は後からついてくるように思われる。とくに国によっては兵力がまず先に走り、富の力はことさら遅れてやって来るということが、よく見られる例である。わが帝国の現状も、やはりそういう有様だと言わなければならないかと思う。その国体は万国に抜きん出ており、さまざまな施設も、維新以後、天皇を補佐する賢い臣下たちが力を合わせて順々に築いてきたものだから、まことに申し分はないと思っている。ただ、それに見合う富の力が同じように備わっているかと言えば、悲しいことに、まだ年月が浅いと言わなければならない。富の根本となるべき実業を育てることは、短い月日で満足できるものではない。そのため、先に述べた国体や制度が完備しているのに比べると、富の力はひどく欠けている。もっとも、国民こぞって富を増やすことだけに努めるのであれば、帝国は小さいとはいえ、いろいろな方法もあるだろう。けれども、富むより先に使わなければならないという必要があるのである。
解説
関連する章句
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『論語と算盤』理想と迷信・真正なる文明ゆえに真正の文明ということは、すべての制度文物の具備と、それから一般国民の人格と智能とによりて始めて言い得るだろうと思う。かく観察すれば、もはや貧富ということは論ぜぬでも、文明という中には自ずと富の力が加わっていると見てよろしいけれども、形式と実力とは必ずしも一致するものにあらずして、形式が文明であっても実力は貧弱、これは甚だ不権衡の言ではあるけれども、必ず無いとは言われない。ゆえに曰く、真正の文明は強力と富実とを兼ね備えるものでなければならぬ。
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『論語と算盤』理想と迷信・真正なる文明文明の治具を張るために、富実の力を減損するは今日の大なる憂いである。およそ国を成すはただ富みさえすればよいという訳に行かぬ。文明の治具を張るために、富力の一部を犠牲に供するということはやむを得ぬであろう。換言すれば、一国の体面を保つため、一国の将来の繁盛を図るため陸海軍の力を張らねばならぬ。内治にも外交にも、種々の国費を支出せねばならぬ。すなわち一国の治具のためには、その財源を多少減損するということは、勢い免れぬことであるけれども、それが激しく一方に偏すると、ついに文明貧弱にならぬとは言えぬ。もしも文明貧弱に陥ったら、百般の治具は皆虚形となり、遠からずして文明は野蛮と変化する。かく考えると、文明をして真の文明たらしむるには、その内容をして富実、強力、この二者の権衡を得せしめねばならぬ。我が帝国において今日最も患うる所は、文明の治具を張るために、富実の根本を減損して顧みぬ弊である。これは上下一致、文武協力してその権衡を失わぬよう勉励せねばならぬと思う。
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『論語と算盤』実業と士道・果して誰の責任ぞ維新以来物質的文明が急激なる発達をなしたるに反し、道徳の進歩がそれに伴わなかったので、世人はこの不釣合の現象に著しく注目して、商業道徳退歩というのであるとして見れば、仁義道徳の修養に心を用い、物質的進歩と互角の地位に進ませるが目下の急務には相違ないが、一面から考察して見ると、単に外国の風習ばかりを見て、直ちにこれを我が国に応用せんとすれば、あるいは不可能を免れぬこともある。
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『論語と算盤』教育と情誼・理論より実際ところで、自分に最も関係の深い実業方面の教育について見るに、その昔にありては、実業教育と名付くべきほどのものはなかったが、維新以後になっても、明治十四五年の頃までは、この方面にはいささかの進歩を見ることは出来なかった。商業学校のごときも、その発達はわずかこの二十年ほどの間のことである。一体文明の進歩ということは政治、経済、軍事、商工業、学芸等がことごとく進んで、そこに始めて見ることが出来るので、その中のいずれか一が欠如しても、完全なる発達、文明の進歩のあるものではない。しかるに日本では、その文明の一大要素である商工業が、久しい間閑却して顧みられずにあった。翻って欧州の諸列強に見るに、他の方面の事ももちろん進歩しているが、その中でも取りわけ進んでいるのが実業である。すなわち商工業である。
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『論語と算盤』理想と迷信・斯の如き矛盾を根絶すべし一体文明とはいかなる意義のものであるか、要するに今日の世界はまだ文明の足らないのであると思う。かく考えると、私は今日の世界に介在して将来我が国家をいかなる風に進行すべきか、また我々はいかに覚悟してよいか、やむ事を得ずばその渦中に入って弱肉強食を主張するよりほかの道はないか、ぜひこれに処する一定の主義を考定して、一般の国民と共にこれによって行くようにしたいと思う。
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『論語と算盤』理想と迷信・真正なる文明かくのごとく百揆皆整うているからと言うて、いまだ文明国とは言えない。その設備の整うている上に、一国を十分に維持し活動すべき実力がなくてはならぬ。この実力ということについては兵力にも論及せねばならぬが、警察の制度も、地方自治の団体も、皆その力の一部分である。かくのごときものが十分に具備している上に、彼此おのおのよくその権衡を得て相調和し相連絡して、一方に重きを置き過ぎるとか、もしくは統一を欠くとかいうことの無いのがすなわち文明と言い得るだろう。換言すれば、一国の設備がいかによく整うていても、これを処理する人の智識能力がそれに伴わなければ、真正なる文明国とは言われない。ただし前に述べたるごとき、完全なる設備の整うている国で、これを運用する人は不完全であるということは、まず少ない道理であるが、ある場合には表面の体裁は完全に見ゆるが、根本が堅実でない場合もあり得ることで、いわゆる優孟の衣冠で、立派な着物もその人柄に似合わぬというような事がないとは言われぬ。
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