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論語と算盤 / 理想と迷信・修験者の失敗

さて両三人の修験者が来て其の用意に掛つたが、中座といへる者が必要なので、その役には近い頃家に雇入れた飯焚女を立てることになつた、而して室内には注連を張り、御幣などを立て〻厳かに飾りつけをし、中座の女は目を隠くし、御幣を持つて端坐して居る、その前で修験者は色々の咒文を唱へ、列座の講中信者などは、大勢して異口同調に遠加美といふ経文体のものを高声に唱へると、中座の女、初めの程は眠つて居るやうであつたが、何時かは知らず持つて居る御幣を振立てた、この有様を見た修験者は、直ちに中座の目隠を取つて其の前に平身低頭し『何れの神様が御臨降であるか、御告を蒙りたい』などと曰ひ、それから『当家の病人に就て何等の崇がありますか、何卒お知らせ下さい』と願つた、すると中座の飯焚女めが如何にも真面目くさつて、『此の家には金神と井戸の神が崇る、又この家には無縁仏があつて、それが崇をするのだ』と、さも横柄に曰ひ放つた、

書き下し

さて両三人の修験者が来てその用意に掛かったが、中座という者が必要なので、その役には近い頃家に雇い入れた飯炊き女を立てることになった。そして室内には注連を張り、御幣などを立てて厳かに飾りつけをし、中座の女は目を隠し、御幣を持って端坐している。その前で修験者は色々の呪文を唱え、列座の講中信者などは、大勢して異口同調に遠加美という経文体のものを高声に唱えると、中座の女、初めのほどは眠っているようであったが、いつかは知らず持っている御幣を振り立てた。この有様を見た修験者は、ただちに中座の目隠しを取ってその前に平身低頭し「いずれの神様がご臨降であるか、お告げを蒙りたい」などと言い、それから「当家の病人について何らの祟りがありますか、なにとぞお知らせください」と願った。すると中座の飯炊き女めがいかにも真面目くさって、「この家には金神と井戸の神が祟る。またこの家には無縁仏があって、それが祟りをするのだ」と、さも横柄に言い放った。

現代語訳

さて、二、三人の修験者がやって来て、その支度にかかったが、中座という者が必要なので、その役には最近家に雇い入れた飯炊きの女を立てることになった。そして部屋にはしめ縄を張り、御幣などを立てて厳かに飾りつけ、中座の女は目隠しをして御幣を持ち、きちんと座っている。その前で修験者はいろいろな呪文を唱え、居並ぶ講中の信者たちは、大勢で声をそろえて遠加美という経文のようなものを声高に唱えた。すると中座の女は、初めのうちは眠っているようだったが、いつの間にか手に持った御幣を振り立てた。このありさまを見た修験者は、すぐに中座の目隠しを取り、その前に平伏して「どちらの神様がお降りになったのか、お告げをいただきたい」などと言い、それから「当家の病人について何か祟りがあるのでしょうか、どうかお知らせください」と願った。すると中座の飯炊き女めが、いかにも真面目くさって「この家には金神と井戸の神が祟る。またこの家には無縁仏があって、それが祟っているのだ」と、いかにも横柄に言い放った。

解説

祈禱の場面が細かく描かれる。修験者の祈禱では、神を身に降ろす役を「中座」と呼び、中座に神がかりした言葉をお告げとして聞く。この家では、最近雇ったばかりの飯炊きの女が中座に立てられた。しめ縄と御幣、目隠し、大勢で唱える遠加美、やがて女が御幣を振り立てる。舞台装置がそろえば、居合わせた人々はお告げを信じやすくなる。告げられたのは、金神と井戸の神の祟り、そして無縁仏の祟りである。金神は陰陽道で方角の禁忌をつかさどる神で、祟り神として恐れられた。渋沢は、雇われたばかりの女の口から出た言葉が、たちまち神のお告げとして重みを持つさまを、少し皮肉を込めて「飯焚女めが真面目くさつて」と書いている。権威は、話の中身よりも、しつらえや手順によってつくられることがある。儀式の見事さに気を取られず、何が言われているかを見る。これが少年渋沢の観察眼の出発点である。

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