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論語と算盤 / 理想と迷信・修験者の失敗

それを聞いた人々の中でも、別して初めに祈禱を勧誘した宗助の母親は得たり顔になつて、『それ御覧、神様の御告は確かなものだ、成る程老人の話に、何時の頃か、此の家から伊勢参宮に出立して其れ限り帰宅せぬ人がある、定めし途中で病死したのであらうと云ふことを聞いて居たが、今御告の無縁仏の崇といふのは、果して此の話の人に相違あるまい、どうも神様は明かなものだ、実に有難い』と曰つて喜び、而して此の崇を清めるには如何したら宜からうと謂ふ所から、復た中座に伺つて見ると、『それは祠を建立して祀りをするが宜い』と曰つた。

新字:それを聞いた人々の中でも、別して初めに祈祷を勧誘した宗助の母親は得たり顔になつて、『それ御覧、神様の御告は確かなものだ、成る程老人の話に、何時の頃か、此の家から伊勢参宮に出立して其れ限り帰宅せぬ人がある、定めし途中で病死したのであらうと云ふことを聞いて居たが、今御告の無縁仏の崇といふのは、果して此の話の人に相違あるまい、どうも神様は明かなものだ、実に有難い』と曰つて喜び、而して此の崇を清めるには如何したら宜からうと謂ふ所から、復た中座に伺つて見ると、『それは祠を建立して祀りをするが宜い』と曰つた。

書き下し

それを聞いた人々の中でも、別して初めに祈禱を勧誘した宗助の母親は得たり顔になって、「それご覧、神様のお告げは確かなものだ。なるほど老人の話に、いつの頃か、この家から伊勢参宮に出立してそれ限り帰宅せぬ人がある。定めし途中で病死したのであろうということを聞いていたが、今お告げの無縁仏の祟りというのは、果たしてこの話の人に相違あるまい。どうも神様は明らかなものだ。実にありがたい」と言って喜び、そしてこの祟りを清めるにはどうしたらよかろうという所から、また中座に伺ってみると、「それは祠を建立して祀りをするがよい」と言った。

現代語訳

それを聞いた人々の中でも、とりわけ最初に祈禱を勧めた宗助の母親は得意顔になって、「それご覧なさい、神様のお告げは確かなものだ。なるほど年寄りの話に、いつのころか、この家から伊勢参りに出かけたきり帰ってこなかった人がいる、きっと途中で病死したのだろう、ということを聞いていたが、今お告げのあった無縁仏の祟りというのは、きっとこの話の人に違いあるまい。まったく神様ははっきりしたものだ。実にありがたい」と言って喜んだ。そして、この祟りを清めるにはどうしたらよいだろうということで、また中座に伺ってみると、「それは祠を建てて祀りをするのがよい」と言った。

解説

お告げの後に起きることが、実によく観察されている。宗助の母親は、かつて伊勢参りに出たまま帰らなかった人がいたという古い話を思い出し、無縁仏とはその人に違いないと飛びつく。お告げは「無縁仏がいる」と言っただけなのに、聞く側が自分の知っている話を当てはめて、勝手に中身を補ってしまう。今日の心理学でいう確証バイアスそのものである。占いや霊感商法が成り立つのも、多くはこの仕組みによる。そして話は、祟りを清めるために祠を建てよ、という具体的な要求に進む。祠の建立には当然、費用がかかる。お告げはここで初めて、家に負担を求める形をとる。渋沢はこの流れを淡々と書き留めている。曖昧な言葉を聞き手が自分で意味づけ、納得したところで行動と出費を求める。これは迷信に限らず、根拠の薄い提案が組織の中で通ってしまうときの典型的な筋道でもある。納得しかけたときこそ、その納得が誰の補った話の上に立っているのかを確かめる必要がある。

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