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論語と算盤 / 理想と迷信・日新なるを要す

政治界に於ける今日の遅滞は、繁縟に流れるからのことである、官吏が形式的に、事柄の真相に立ち入らずして、例へば、自分にあてがはれた仕事を機械的に処分するを以て満足して居る、イヤ官吏ばかりでない、民間の会社や銀行にも、此の風が吹き荒んで来つ〻あるやうに思ふ、一体形式的に流れるのは、新興国の元気欝勃たる所には少いもので、長い間、風習がつ〻゙いた古国に多いものである、幕府の倒れたのは其の理由からであつた、『滅六国者六国也、非秦也』と曰つてある、幕府を滅したるは幕府の外なかつた、大風が吹いても強い木は倒れぬ。

書き下し

政治界における今日の遅滞は、繁縟に流れるからのことである。官吏が形式的に、事柄の真相に立ち入らずして、例えば、自分にあてがわれた仕事を機械的に処分するをもって満足している。いや官吏ばかりでない、民間の会社や銀行にも、この風が吹き荒んで来つつあるように思う。一体形式的に流れるのは、新興国の元気鬱勃たる所には少ないもので、長い間、風習が続いた古国に多いものである。幕府の倒れたのはその理由からであった。「六国を滅ぼす者は六国なり、秦にあらざるなり」と言ってある。幕府を滅ぼしたるは幕府のほかなかった。大風が吹いても強い木は倒れぬ。

現代語訳

政界における今日の停滞は、繁文縟礼に流れるからである。官吏が形式的で、事柄の真相に立ち入らず、たとえば自分に割り当てられた仕事を機械的に処理することで満足している。いや、官吏ばかりではない。民間の会社や銀行にも、この風が吹き荒れてきつつあるように思う。そもそも形式に流れるのは、新興国の元気が盛んにわき立っている所には少ないもので、長い間風習が続いてきた古い国に多いものである。幕府が倒れたのもその理由からであった。「六国を滅ぼしたのは六国自身であって、秦ではない」と言われている。幕府を滅ぼしたのは幕府自身にほかならなかった。大風が吹いても、強い木は倒れない。

解説

形式主義への批判がこの章の中心である。官吏が事柄の真相に立ち入らず、割り当てられた仕事を機械的に処理して満足している。しかもその風は民間の会社や銀行にも広がりつつある、と渋沢は見る。形式に流れるのは新興の勢いある所には少なく、長く風習が続いた古い組織に多い。引かれる「六国を滅ぼす者は六国なり、秦に非ざるなり」は、唐の杜牧の「阿房宮賦」の一句で、戦国の六国が滅んだのは秦が強かったからではなく、六国自身が腐っていたからだ、という意味である。渋沢はこれを幕府に重ねる。彼は一橋家に仕え、最後の将軍徳川慶喜の幕臣として内側から幕府を見た人である。その経験から「幕府を滅したるは幕府の外なかつた」と言い切る言葉には重みがある。大風が吹いても強い木は倒れない。組織が倒れるとき、外部環境のせいにしたくなるが、多くは内部の形式化がすでに幹を弱らせている。

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