牧民忠告 / 宣化
農之勤惰,一歲之苦樂系焉,其所當為,有不待勸焉者。時因行治,視其輟工廢業者切責之,遠近聞之,必知自勵也。常見世之勸農者,先期以告,鳩酒食,候郊原,將迎奔走,絡繹無寧,蓋數日騷然也。至則胥吏、童卒雜然而生威,賂遺徵取,下及雞豚。名為勸之,其實擾之;名為優之,其實勞之。嗟夫!勸農之道無他也,勿奪其時而已矣。繁文末節,當為略之。
新字:農之勤惰,一歳之苦楽系焉,其所当為,有不待勧焉者。時因行治,視其輟工廃業者切責之,遠近聞之,必知自勵也。常見世之勧農者,先期以告,鳩酒食,候郊原,将迎奔走,絡繹無寧,蓋数日騷然也。至則胥吏、童卒雑然而生威,賂遺徴取,下及雞豚。名為勧之,其実擾之;名為優之,其実労之。嗟夫!勧農之道無他也,勿奪其時而已矣。繁文末節,当為略之。
書き下し
農の勤惰(きんだ)は、一歲の苦樂繋(か)かる所なれば、其の當に為すべき所、勸むるを待たざる者有り。時に因りて行治し、其の工を輟(や)め業を廢する者を視て之を切責すれば、遠近之を聞きて、必ず自ら勵(はげ)むを知らん。常に世の農を勸むる者を見るに、期に先んじて以て告げ、酒食を鳩(あつ)め、郊原に候し、將迎奔走して、絡繹(らくえき)寧(やす)きこと無く、蓋(けだ)し數日騷然たるなり。至れば則ち胥吏(しょり)・童卒雜然として威を生じ、賂遺(ろい)徵取(ちょうしゅ)、下(くだ)りて雞豚(けいとん)に及ぶ。名づけて之を勸むと為すも、其の實は之を擾(みだ)し、名づけて之を優(ゆう)すと為すも、其の實は之を勞す。嗟夫(ああ)、勸農の道他無し、其の時を奪わざるのみ。繁文末節、當に之を略すべし。
現代語訳
農作業への勤勉と怠慢は、その年の暮らしの苦楽を左右するものであり、農民が本来なすべきことは、あえて勧めるまでもないことである。時に応じて政務のついでに、仕事を怠り生業を放棄している者を見つけて厳しく戒めれば、遠近の人々がそれを聞いて必ず自ら奮い立つだろう。世間でよく見られる「勧農」は、あらかじめ日程を告げ、酒食を用意し、郊外で出迎え、送り迎えに奔走して落ち着く暇もなく、数日間騒がしいだけである。到着すれば下級役人や従者たちが寄り集まって威を張り、賄賂や取り立てが鶏や豚にまで及ぶ。名目は勧農であっても実際には民を乱し、名目は優遇であっても実際には民を疲弊させている。ああ、勧農の道に他はない、農繁期を奪わないことだけである。煩雑な儀礼や末節は省くべきである。
解説
この章句が説くこと
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