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論語と算盤 / 立志と学問・精神老衰の予防法

それらは善い方を賞讃し上げるけれども、唯善いことのみを申して、悪い批評を言はねば、或は諛言を呈する嫌があるから、極く腹蔵のない所を無遠慮に申すとて、私の接触したのが、官辺とか会社とか又は学校などであつたから、余計にさういふ事が眼に着いたのかも知れぬけれども、兎角形式を重んずるといふ弊があつて、事実よりは形式に重きを置くと云ふことが強く見える、亜米利加は最も形式を構はぬ流儀であるから、其の眼から特に際立つて見えるのかも知れぬけれども、少しく形式に拘泥する弊害が強くなつて居りはせぬか、一体の国民性が其れであるとすれば、是は余程御注意せねばならぬこと〻思ふ、又何処の国でも、同じ説が一般に伝はるといふ訳にはいかぬ、一人が右といへば一人は左といふ、進歩党があれば保守党がある、政党でも時として相反目する者が生ずるけれども、それが欧羅巴或は亜米利加であれば、余程淡泊で且つ高尚だ、然るに日本のは淡泊でもなければ高尚でもない、

書き下し

それらは善い方を賞讃し上げるけれども、ただ善いことのみを申して、悪い批評を言わねば、あるいは諛言を呈する嫌いがあるから、ごく腹蔵のないところを無遠慮に申すとて、私の接触したのが、官辺とか会社とかまたは学校などであったから、余計にそういう事が眼に着いたのかも知れぬけれども、とかく形式を重んずるという弊があって、事実よりは形式に重きを置くということが強く見える。アメリカは最も形式を構わぬ流儀であるから、その眼から特に際立って見えるのかも知れぬけれども、少しく形式に拘泥する弊害が強くなっておりはせぬか。一体の国民性がそれであるとすれば、これはよほど御注意せねばならぬことと思う。またどこの国でも、同じ説が一般に伝わるという訳にはいかぬ。一人が右といえば一人は左という。進歩党があれば保守党がある。政党でも時として相反目する者が生ずるけれども、それがヨーロッパあるいはアメリカであれば、よほど淡泊でかつ高尚だ。しかるに日本のは淡泊でもなければ高尚でもない。

現代語訳

それらは良いほうを褒め上げたのだが、良いことばかり申して悪い批評を言わなければ、あるいはへつらいの言葉を呈するきらいがあるから、ごく腹蔵のないところを遠慮なく申し上げる、として、次のように言われた。私が接したのが役所や会社、あるいは学校などであったから、よけいにそういうことが目についたのかもしれないが、とかく形式を重んじるという弊があって、事実よりも形式に重きを置くということが強く見える。アメリカは最も形式にこだわらない流儀だから、その目から見て特に際立って見えるのかもしれないが、少し形式にこだわる弊害が強くなっていはしないか。国民性全体がそうであるとすれば、これはよほど注意しなければならないことと思う。また、どこの国でも同じ説が一般に行き渡るというわけにはいかない。一人が右と言えば一人は左と言う。進歩党があれば保守党がある。政党でも時として互いに反目する者が生じるが、それがヨーロッパやアメリカであれば、ずっとあっさりしていて、しかも品位がある。ところが日本のものは、あっさりしてもいないし、品位もない。

解説

メービーの評の後半は、率直な批判である。褒めるだけではへつらいになるから、腹蔵なく言うと前置きして、二つの欠点を挙げた。一つは形式主義で、官庁でも会社でも学校でも、事実より形式に重きを置く傾向が強い。もう一つは党派の争いで、意見の対立はどの国にもあるが、欧米のそれは淡泊で高尚なのに、日本のそれは淡泊でも高尚でもない。形式主義への指摘は、官尊民卑と闘い続けた渋沢にとって、我が意を得たりと思えるものだったろう。書類や手続きや肩書きが実質より重んじられる風潮は、今日の日本の組織にも根強く残っている。会議のための資料、承認のための承認、前例を守ることが目的化した手続き。外から来た人の目には、それが際立って見える。内部の人間が慣れてしまった形式を、一度外の目で点検してみる価値がある。

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