自警録 / 第十七章 実業を精神化せよ・国家のためという誤解の危険
これに反し、しばしば我々が耳にするもので、しかじかの事業は己れには不利であるが国家的事業であるから、身を犠牲にしてこれに当たるなどいうことは、言葉を換えていうと、国家が個人に要求することのあまりに多きことを意味することになる。もちろん一旦事ある時は個人の利益や個人の財産生命も投げ出さねばならぬが、平生何事についても国民より重い犠牲を要求するような国家は、国家の一大目的に背いているもので、はたしてそういう国家が今日世界にあるならば、永続の覚束ない国家といわねばなるまい。 幸いにして我が国では相当に税は重いとはいいながら、まだまだ個人の営業について、しばしば犠牲を要求するほどに弱いものでないのはお互いに慶すべきことである。僕の友人が地方に巡回して農民に勧めるときに、お前たちの仕事は実に国家的の事業であって、昔から農は国の本というたくらいであるから、いかに苦しくも、いかに利益が薄くとも、国家のために奮励せよと説いて歩いた。かの意味は、多分農民みずからが奮励して、農業を利益あるようにせよという意味であったろうけれども、普通農民の耳に入ったときは、やはり昔のごとく強制的に労働をして、ただお上に運上を収める道具になるだけのことであるという観念を与えた。 晨に星をいただいて出で、夕に月を踏んで帰るその辛苦も国家のためなりと思って甘んずればよいが、なかなか普通人情として甘んじてのみいるものでない。しかして甘んじないときは国家が己れを苦しめることのはなはだしいものである。こんな国家はないほうがいいという結論にも来たり得るし、また歴史上そういう結論をした国民も折々ある。
書き下し
これに反し、しばしば我々が耳にするもので、しかじかの事業は己れには不利であるが国家的事業であるから、身を犠牲にしてこれに当たるなどいうことは、言葉を換えていうと、国家が個人に要求することのあまりに多きことを意味することになる。もちろん一旦事ある時は個人の利益や個人の財産生命も投げ出さねばならぬが、平生何事についても国民より重い犠牲を要求するような国家は、国家の一大目的に背いているもので、はたしてそういう国家が今日世界にあるならば、永続の覚束ない国家といわねばなるまい。 幸いにして我が国では相当に税は重いとはいいながら、まだまだ個人の営業について、しばしば犠牲を要求するほどに弱いものでないのはお互いに慶すべきことである。僕の友人が地方に巡回して農民に勧めるときに、お前たちの仕事は実に国家的の事業であって、昔から農は国の本というたくらいであるから、いかに苦しくも、いかに利益が薄くとも、国家のために奮励せよと説いて歩いた。かの意味は、多分農民みずからが奮励して、農業を利益あるようにせよという意味であったろうけれども、普通農民の耳に入ったときは、やはり昔のごとく強制的に労働をして、ただお上に運上を収める道具になるだけのことであるという観念を与えた。 晨に星をいただいて出で、夕に月を踏んで帰るその辛苦も国家のためなりと思って甘んずればよいが、なかなか普通人情として甘んじてのみいるものでない。しかして甘んじないときは国家が己れを苦しめることのはなはだしいものである。こんな国家はないほうがいいという結論にも来たり得るし、また歴史上そういう結論をした国民も折々ある。
現代語訳
これに対して、しばしば耳にするのが、この事業は自分には不利だが国家的事業なので、身を犠牲にして当たる、という言い方です。言い換えれば、国家が個人に要求するものがあまりに多いということを意味します。もちろん、いざ非常のときには、個人の利益も財産も生命も投げ出さねばなりません。しかし、ふだん何事につけても国民に重い犠牲を求めるような国家は、国家の一大目的に背いています。もしそんな国家が今日の世界にあるなら、長く続くかどうか覚束ない国家と言わねばならないでしょう。 幸いにして、わが国では税はかなり重いとはいえ、個人の営業にたびたび犠牲を求めるほど弱い国ではありません。お互いに喜ぶべきことです。私の友人が地方を巡回して農民に勧めたとき、「おまえたちの仕事は実に国家的な事業で、昔から農は国の本というくらいだから、どんなに苦しく、利益が薄くても、国家のために奮励せよ」と説いて歩きました。その意味は、おそらく農民みずからが奮励して農業を利益のあるものにせよ、ということだったでしょう。しかし普通の農民の耳には、やはり昔のように強制的に働かされ、ただお上に年貢を納める道具になるだけだ、という観念を与えてしまいました。 朝は星を戴いて家を出て、夕は月を踏んで帰る、その辛苦も国家のためだと思って甘んじられればよいのですが、人情として、なかなか甘んじてばかりはいられません。そして甘んじられなくなったとき、国家は自分を苦しめるものにほかなりません。こんな国家はないほうがいい、という結論にもなり得ますし、歴史の上でそう結論した国民も時にはありました。
解説

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