論語と算盤 / 理想と迷信・斯の如き矛盾を根絶すべし
殊更その間に人種関係もあり、国境関係もありませうから、或る一国が他の一国に対して勢力を張るのは其意を得ない、之を止めるには平和では不可ぬといふので、遂に相争ふやうになるのである、蓋し己の欲する所を人に施さないのであつて、た〻゙我を募り慾を恣にし、強い者が無理の申分を押通すといふのが今日の有様である。
書き下し
ことさらその間に人種関係もあり、国境関係もありましょうから、ある一国が他の一国に対して勢力を張るのはその意を得ない。これを止めるには平和ではいけぬというので、ついに相争うようになるのである。けだし己の欲する所を人に施さないのであって、ただ我を募り慾を恣にし、強い者が無理の申し分を押し通すというのが今日の有様である。
現代語訳
とりわけその間には人種の関係もあり、国境の関係もあるだろうから、ある一国が他の一国に対して勢力を張るのは納得がいかない。これを止めるには平和的な手段では駄目だというので、ついに互いに争うようになるのである。思うに、自分の望むところを人に施さないのであって、ただ我を張り、欲をほしいままにし、強い者が無理な言い分を押し通すというのが今日のありさまである。
解説
戦争の起こる筋道を、渋沢はさらに具体的に描く。人種の関係や国境の関係があるところで、ある国が他の国に勢力を張れば、相手はそれを認められず、平和な手段では止められないとして争いになる。そして根本の原因を「己の欲する所を人に施さない」ことにあると見る。これはイエスの黄金律「己の欲する所を人に施せ」を裏返した言い方で、渋沢は別の章で、孔子の「己の欲せざる所、人に施す勿れ」と表と裏の関係にあると述べている。国際関係が、我を張り欲をほしいままにし、強者が無理を押し通す場になっているのは、この東西共通の道徳が国境を越えたとたんに働かなくなるからだ、という診断である。人種関係に触れているのは、当時アメリカで日本人移民の排斥が問題になっていたことも背景にあるだろう。渋沢はその解決のために日米の民間交流に力を注いだ。相手の立場に立つという単純な原則が、利害が大きくなるほど守られにくくなる。それは国家に限らず、企業間の交渉でも同じである。
関連する章句
-
『論語と算盤』理想と迷信・斯の如き矛盾を根絶すべし我々はあくまでも己れの欲せざる所は人にも施さずして、東洋流の道徳を進め、いや増しに平和を継続して、各国の幸福を進めて行きたいと思う。少なくとも他国に甚だしく迷惑を与えない程度において、自国の隆興を計るという道がないものであるか。もし国民全体の希望によって、自我のみ主張する事を止め、単に国内の道徳のみならず、国際間において真の王道を行うという事を思うたならば、今日の惨害を免れしめることが出来ようと信ずる。
-
『論語と算盤』理想と迷信・斯の如き矛盾を根絶すべししかるに今日ヨーロッパの戦争の有様は、細かに承知はしないが、実に惨澹たる有様である。ことにドイツの行動のごときは、いわゆる文明なるものはいずれにあるか分からぬというような次第である。けだしその根源は、道徳というものが国際間に遍く通ずることが出来ないで、ついにここに至ったものと思う。果たしてしからばおよそ国たるものはかかる考えをもってのみ、その国家を捍衛して行かねばならぬものであるが、何とか国際の道徳を帰一せしめて、いわゆる弱肉強食ということは、国際間に通ずべからざるものとなさしむる工夫が無いものであろうか。畢竟政治を執る人、および国民一般の観念が、相共に自己の勝手我がままを増長するという慾心が無かったならば、かくのごとき惨虐を生ぜしむることは無かろうけれども、一方が退歩すると他方が遠慮なく進歩して来るようでは、こちらも進まなければならぬから、勢い相争うようになり、結局戦争せねばならぬことになる。
-
『論語と算盤』理想と迷信・発展の一大要素海外に向かって発展するには、いかなる方面を択ぶべきかと言えば、やはり一番利益のある所に赴くということは、自然の趨勢であると思う。気候もよし、地味も良くて、その土地がよく人を容れ、農業に商業に、すべての事のやりよい所を択ぶのが人情である。ここにおいて私共の切に憂うるのは、北米合衆国と我が邦との関係である。今日のように紛議を醸しているのは、お互い実に遺憾に堪えない。
-
『論語と算盤』実業と士道・相愛忠恕の道を以て交はるべし日支間は同文同種の関係あり。国の隣接せる位置よりするも、はたまた古来よりの歴史よりいうも、また思想、風俗、趣味の共通せる点あるに徴するも、相提携せざるべからざる国柄なり。然らばいかにして提携の実を挙ぐべきか。その方策他なし。人情を理解し、己の欲せざる所はこれを人に施さず、いわゆる相愛忠恕の道をもって相交わるにあり。すなわちその方策は論語の一章にありと謂うべきである。
-
『論語と算盤』理想と迷信・斯の如き矛盾を根絶すべし一体文明とはいかなる意義のものであるか、要するに今日の世界はまだ文明の足らないのであると思う。かく考えると、私は今日の世界に介在して将来我が国家をいかなる風に進行すべきか、また我々はいかに覚悟してよいか、やむ事を得ずばその渦中に入って弱肉強食を主張するよりほかの道はないか、ぜひこれに処する一定の主義を考定して、一般の国民と共にこれによって行くようにしたいと思う。
-
『論語と算盤』理想と迷信・発展の一大要素思うにこれは先方にも大なる我儘があるに相違ない。不道理を言い張っていることは事実であるが、また事のここに到ったについては、我が国民も反省しなければならぬ点が大いにあると思う。これらのことは現に当面の交渉問題となっているから、詳細に立ち入って言い能わぬ事情もあるけれども、国民の期待はどこまでも果たす勇気をもって、しかも能うだけの忍耐をもって、大和民族の世界的発展の途を開き、いずれの地方でも、厭がられ嫌われる人民とならぬように心掛けることが、すなわち発展の大要素であろうと思うのである。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る