学問のすゝめ / 十二編・人の品行は高尚ならざるべからざるの論・一国を全体の一物とみなして
一国の有様をもって論ずるもまたかくのごとし。譬えばここに一政府あらん。賢良方正の士を挙げて政を任し、民の苦楽を察して適宜の処置を施し、信賞必罰、恩威行なわれざるところなく、万民腹を鼓して太平を謡うがごときは、まことに誇るべきに似たり。然りといえども、その賞罰と言い、恩威といい、万民といい、太平というも、悉皆一国内の事なり、一人あるいは数人の意に成りたるものなり。その得失はその国の前代に比較するか、または他の悪政府に比較して誇るべきのみにて、けっしてその国悉皆の有様を詳らかにして他国と相対し、一より十に至るまで比較したるものにあらず。もし一国を全体の一物とみなして他の文明の一国に比較し、数十年の間に行なわるる双方の得失を察して互いに加減乗除し、その実際に見われたるところの損益を論ずることあらば、その誇るところのものはけっして誇るに足らざるものならん。
書き下し
一国の有様をもって論ずるもまたかくのごとし。譬えばここに一政府あらん。賢良方正の士を挙げて政を任し、民の苦楽を察して適宜の処置を施し、信賞必罰、恩威行なわれざるところなく、万民腹を鼓して太平を謡うがごときは、まことに誇るべきに似たり。然りといえども、その賞罰と言い、恩威といい、万民といい、太平というも、悉皆一国内の事なり、一人あるいは数人の意に成りたるものなり。その得失はその国の前代に比較するか、または他の悪政府に比較して誇るべきのみにて、けっしてその国悉皆の有様を詳らかにして他国と相対し、一より十に至るまで比較したるものにあらず。もし一国を全体の一物とみなして他の文明の一国に比較し、数十年の間に行なわるる双方の得失を察して互いに加減乗除し、その実際に見われたるところの損益を論ずることあらば、その誇るところのものはけっして誇るに足らざるものならん。
現代語訳
一国のありさまで論じるのもまたこの通りです。たとえばここに一つの政府があるとします。賢く正しい士を挙げて政治を任せ、民の苦楽を察して適切な処置を施し、賞罰は信に、恩と威は行き渡らないところがなく、万民が腹を打って太平を歌うようなのは、まことに誇るべきに見えます。しかし、その賞罰といい、恩威といい、万民といい、太平といっても、すべて一国内の事であり、一人あるいは数人の考えで成ったものです。その得失はその国の前の時代と比べるか、または他の悪い政府と比べて誇れるだけで、決してその国のすべてのありさまを詳らかにして他国と向き合い、一から十まで比較したものではありません。もし一国を全体で一つの物とみなして他の文明の一国と比較し、数十年の間に行われた双方の得失を察して互いに加減乗除し、その実際に現れた損益を論じることがあれば、その誇るところは決して誇るに足りないものでしょう。
解説

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