論語と算盤 / 理想と迷信・斯の如き矛盾を根絶すべし
強い者の申分は何時も善くなると云ふことは、一つの諺として仏国に伝はつて居るけれども、漸々文明が進めば、人々道理を重んずる心も、平和を愛する情も増して来る、相争ふ所の惨虐を嫌ふ念も、文明が進めば進む程強くなる、換言すれば、戦争の価値は世が進むほど不廉となる、何れの国でも自ら其所に顧みる所があつて、極端なる争乱は自然に減ずるであらう、又必ず減ずべきものと思ふ、明治三十七八年頃、露西亜のグルームとかいふ人が、『戦争と経済』といふ書を著作して、戦争は世の進むほど惨虐が強くなる、費用が多くなるから、遂には無くなるであらう、といふ説を公にしたことがある、曾て露西亜皇帝が平和会議を主張されたのも、是等の人の説に拠つたものであると、誰やらの説に見たことがある、
新字:強い者の申分は何時も善くなると云ふことは、一つの諺として仏国に伝はつて居るけれども、漸々文明が進めば、人々道理を重んずる心も、平和を愛する情も増して来る、相争ふ所の惨虐を嫌ふ念も、文明が進めば進む程強くなる、換言すれば、戦争の価値は世が進むほど不廉となる、何れの国でも自ら其所に顧みる所があつて、極端なる争乱は自然に減ずるであらう、又必ず減ずべきものと思ふ、明治三十七八年頃、露西亜のグルームとかいふ人が、『戦争と経済』といふ書を著作して、戦争は世の進むほど惨虐が強くなる、費用が多くなるから、遂には無くなるであらう、といふ説を公にしたことがある、曽て露西亜皇帝が平和会議を主張されたのも、是等の人の説に拠つたものであると、誰やらの説に見たことがある、
書き下し
強い者の申し分はいつも善くなるということは、一つの諺として仏国に伝わっているけれども、漸々文明が進めば、人々道理を重んずる心も、平和を愛する情も増して来る。相争う所の惨虐を嫌う念も、文明が進めば進むほど強くなる。換言すれば、戦争の価値は世が進むほど不廉となる。いずれの国でも自らそこに顧みる所があって、極端なる争乱は自然に減ずるであろう。また必ず減ずべきものと思う。明治三十七八年頃、ロシアのグルームとかいう人が、「戦争と経済」という書を著作して、戦争は世の進むほど惨虐が強くなる、費用が多くなるから、ついには無くなるであろう、という説を公にしたことがある。かつてロシア皇帝が平和会議を主張されたのも、これらの人の説によったものであると、誰やらの説に見たことがある。
現代語訳
「強い者の言い分はいつも通る」ということは、一つのことわざとしてフランスに伝わっているけれども、だんだん文明が進めば、人々の道理を重んじる心も、平和を愛する気持ちも増してくる。互いに争う惨たらしさを嫌う思いも、文明が進めば進むほど強くなる。言い換えれば、戦争の値段は世が進むほど高くつくようになる。どの国でも自らそこに省みるところがあって、極端な争乱は自然に減るだろう。また必ず減るべきものだと思う。明治三十七、八年ごろ、ロシアのグルームとかいう人が『戦争と経済』という書を著し、戦争は世が進むほど惨たらしくなり、費用がかさむようになるから、ついにはなくなるだろう、という説を公にしたことがある。以前ロシア皇帝が平和会議を提唱されたのも、こうした人の説によるものだと、誰かの説で読んだことがある。
解説
関連する章句
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『論語と算盤』理想と迷信・斯の如き矛盾を根絶すべし我々はあくまでも己れの欲せざる所は人にも施さずして、東洋流の道徳を進め、いや増しに平和を継続して、各国の幸福を進めて行きたいと思う。少なくとも他国に甚だしく迷惑を与えない程度において、自国の隆興を計るという道がないものであるか。もし国民全体の希望によって、自我のみ主張する事を止め、単に国内の道徳のみならず、国際間において真の王道を行うという事を思うたならば、今日の惨害を免れしめることが出来ようと信ずる。
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『論語と算盤』理想と迷信・斯の如き矛盾を根絶すべし一体文明とはいかなる意義のものであるか、要するに今日の世界はまだ文明の足らないのであると思う。かく考えると、私は今日の世界に介在して将来我が国家をいかなる風に進行すべきか、また我々はいかに覚悟してよいか、やむ事を得ずばその渦中に入って弱肉強食を主張するよりほかの道はないか、ぜひこれに処する一定の主義を考定して、一般の国民と共にこれによって行くようにしたいと思う。
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『論語と算盤』理想と迷信・斯の如き矛盾を根絶すべししかるに今日ヨーロッパの戦争の有様は、細かに承知はしないが、実に惨澹たる有様である。ことにドイツの行動のごときは、いわゆる文明なるものはいずれにあるか分からぬというような次第である。けだしその根源は、道徳というものが国際間に遍く通ずることが出来ないで、ついにここに至ったものと思う。果たしてしからばおよそ国たるものはかかる考えをもってのみ、その国家を捍衛して行かねばならぬものであるが、何とか国際の道徳を帰一せしめて、いわゆる弱肉強食ということは、国際間に通ずべからざるものとなさしむる工夫が無いものであろうか。畢竟政治を執る人、および国民一般の観念が、相共に自己の勝手我がままを増長するという慾心が無かったならば、かくのごとき惨虐を生ぜしむることは無かろうけれども、一方が退歩すると他方が遠慮なく進歩して来るようでは、こちらも進まなければならぬから、勢い相争うようになり、結局戦争せねばならぬことになる。
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『論語と算盤』理想と迷信・斯の如き矛盾を根絶すべしことさらその間に人種関係もあり、国境関係もありましょうから、ある一国が他の一国に対して勢力を張るのはその意を得ない。これを止めるには平和ではいけぬというので、ついに相争うようになるのである。けだし己の欲する所を人に施さないのであって、ただ我を募り慾を恣にし、強い者が無理の申し分を押し通すというのが今日の有様である。
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『論語と算盤』理想と迷信・道理ある希望を持て戦争して負けては困るが、ただ国力を挙げて戦争にのみ奔るということは王道に適するものではない。今日の時局に対して我々はそのような事まで心配せぬでもよい訳であるが、これから先の商工業はいかにしたらよかろうか、平和が克復したらその後の実業界はいかになるかというような事については、意想外なる変化を生じて、中には悪いと思ったことが善くなり、善いと思うたことが悪くもなろうから、今日から臆断は出来ない。しかし人は未来の事に向かってぜひとも理想は持つべきものであるから、たとい違却するとも一定の主義によって行うというようなことが無ければならぬ。つまりよく思いつまびらかに考えて事に当たれば、必ず過ちは少ないものである。戦争のごとき事変の勃発には、かつて想像したものに違却を生ずることはあるが。
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『論語と算盤』実業と士道・文明人の貪戻全欧の事変について初め私の予想は全く外れた。すでにその観察を誤った私は、将来もまた見込み違いをするであろうと恐懼している。しかしながら私の観察の誤った所以は、私の予想以上に暴虐の人があったからである。いわゆる「一人貪戻なれば、一国乱をなす」という古訓が、事実として全欧州に現われて来たからである。文明の世にはあり得べからざるものとの想像が過誤の観察となったのである。はたして然らば、私の智の到らざりしがためでもあろうが、私はかえって文明人の貪戻なる結果ではなかろうかと、冷笑せざるを得ないのである。
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