韓非子 / 初見秦第一
臣敢言之:往者齊南破荆,東破宋,西服秦,北破燕,中使韓、魏,土地廣而兵强,戰尅攻取,詔令天下。齊之清濟濁河,足以爲限;長城巨防,足以爲塞。齊,五戰之國也,一戰不尅而無齊。由此觀之,夫戰者,萬乘之存亡也。
新字:臣敢言之:往者斉南破荆,東破宋,西服秦,北破燕,中使韓、魏,土地広而兵強,戦尅攻取,詔令天下。斉之清済濁河,足以為限;長城巨防,足以為塞。斉,五戦之国也,一戦不尅而無斉。由此観之,夫戦者,万乗之存亡也。
書き下し
臣敢へて之を言はん。往者斉は南のかた荊を破り、東のかた宋を破り、西のかた秦を服し、北のかた燕を破り、中は韓・魏を使ひ、土地広くして兵強く、戦へば克ち攻むれば取り、天下に詔令す。斉の清済濁河は、以て限りと為すに足り、長城巨防は、以て塞と為すに足る。斉は五戦の国なり、一戦克たずして斉無し。此に由りて之を観れば、夫れ戦ひは、万乗の存亡なり。
現代語訳
私はあえて申し上げる。かつて斉は南では楚(荊)を破り、東では宋を破り、西では秦を服従させ、北では燕を破り、中原では韓と魏を思いのままに使い、土地は広く兵は強く、戦えば勝ち攻めれば取り、天下に号令していた。斉の清い済水と濁った黄河は国境の守りとして十分であり、長城と大きな堤防は要塞として十分であった。斉は五たび戦って勝った国であったが、一度戦いに勝てなかっただけで、斉という国はなくなりかけた。このことから見れば、戦争とは万乗の大国の存亡を決めるものである。
解説
かつて天下に号令した斉が、一度の敗戦で滅亡の淵に立たされた例を挙げ、戦争は大国の存亡を左右すると説く一節です。背景には、紀元前284年ごろ燕の楽毅が率いる連合軍に斉が大敗し、ほとんどの城を失った出来事があります。どれほど地の利や防御施設に恵まれていても、決定的な一戦に負ければすべてを失う、という教訓を秦王に突きつけ、目の前の戦いを軽んじてはならないと訴えています。企業でも、連戦連勝の勢いにある組織ほど、一度の大きな失敗で一気に崩れることがあります。勝っているときこそ、負けたときの影響の大きさを直視する必要があります。
関連する章句
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『韓非子』初見秦第一秦、荊人と戦ひ、大いに荊を破り、郢を襲ひ、洞庭・五渚・江南を取り、荊王君臣亡走し、東のかた陳に服す。此の時に当たりてや、荊に随ふに兵を以てすれば、則ち荊挙ぐべし。荊挙ぐべければ、則ち其の民貪るに足り、地利するに足るなり。東は以て斉・燕を弱め、中は以て三晋を凌ぐ。然らば則ち是れ
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『韓非子』初見秦第一何を以て其の然るを知るや。昔者紂は天子と為り、将に天下の甲兵百万を率ゐ、左は淇渓に飲ひ、右は洹谿に飲ひ、淇水竭きて洹水流れず、以て周の武王と難を為さんとす。武王は素甲三千を将ゐ、戦ふこと一日にして、紂の国を破り、其の身を禽にし、其の地に拠りて其の民を有ち、天下傷む莫し。知伯は三国の衆を率ゐて以て趙襄主を晋陽に攻め、水を決して之に灌ぐこと三月、城且に抜けんとす。襄主亀を鑽り筮して兆を占ひ、以て利害を視、何れの国に降るべきかを視る。乃ち其の臣張孟談を使はす。是に於て乃ち潜行して出で、知伯の約に反かしめ、両国の衆を得て、以て知伯を攻め、其の身を禽にし、以て襄主の初めに復す。今秦の地は長きを折りて短きを補へば、方数千里、名師数十百万。秦国の号令賞罰、地形利害、天下如くもの莫きなり。此を以て天下に与すれば、兼ねて有つべきなり。臣昧死して願はくは大王に見えんことを望み、天下の従を破り、趙を挙げ、韓を亡ぼし、荊・魏を臣とし、斉・燕を親しみ、以て覇王の名を成し、四隣の諸侯を朝せしむる所以の道を言はん。
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『長短経』七雄略張儀、斉の湣王に説きて曰く「天下の強国、斉に過ぐる者無し。大臣父兄は殷衆富楽なり。然れども大王の為に計る者は、皆な一時の説を為して、百代の利を顧みず。縦人の大王に説く者は、必ず曰わん『斉は西に強趙有り、南に韓・梁有り。斉は海を負うの国なり。地は広く民は衆く、兵は強く士は勇なり。百秦有りと雖も、将た斉を奈何ともする無からん』と。大王、其の説を賢として、其の実を計らず。臣聞く、斉と魯と三たび戦いて魯三たび勝つも、国は危亡を以て其の後に随う。戦勝の名有りと雖も、破亡の実有り。是れ何ぞや。斉大にして魯小なればなり。今、秦の斉に与けるや、猶お斉の魯に与けるがごときなり。今、秦・楚は女を嫁し婦を娶り、昆弟の国と為る。韓は宜陽を献じ、魏は河外を効し、趙は朝歌・澠池に入り、河間を割きて以て秦に事う。大王、秦に事えずんば、秦、韓・梁を駆りて斉の南地を攻め、趙の兵を悉くして清河を渡り、博関を指さん。臨菑・即墨は王の有に非ざらん。国、一旦攻めらるれば、秦に事えんと欲すと雖も、得可からざるなり。是の故に、願わくは大王、熟ら之を計れ」と。斉王、之を許す。
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戦国策・韓齊為與國韓・齊、與國(よこく)為(た)り。張儀、秦・魏を以て韓を伐つ。齊王曰く、「韓は吾が與國なり。秦之を伐たば、吾將に之を救はんとす。」田臣思曰く、「王の謀は過てり。之を聽くに如かず。子噲、子之に國を與へしも、百姓戴かず、諸侯與せず。秦、韓を伐たば、楚・趙必ず之を救はん、是れ天下、燕を以て我に賜ふなり。」王曰く、「善し。」乃ち韓の使者を許して之を遣る。韓、自ら齊に交を得たりと以爲し、遂に秦と戰ふ。楚・趙果たして遽(にはか)に兵を起こして韓を救ひ、齊因りて兵を起こして燕を攻め、三十日にして燕國を舉ぐ。
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戦国策・蘇秦說齊閔王臣聞くならく、兵を用いて天下に先んずるを喜ぶ者は憂え、約結して主怨を喜ぶ者は孤なりと。夫れ後に起つ者は藉るなり、而して怨みを遠ざくる者は時なり。是を以て聖人の事を従うるや、必ず権に藉りて時に興るを務む。夫れ権藉なる者は、万物の率なり。而して時勢なる者は、百事の長なり。故に権籍無く、時勢に倍けば、能く事を成す者は寡し。今干将・莫邪と雖も、人の力を得るに非ざれば、則ち割劌する能わず。堅箭利金も、弦機の利を得ざれば、則ち遠く殺す能わず。矢銛からざるに非ず、而して剣利ならざるに非ざるなり、何となれば則ち、権藉存らざればなり。何を以て其の然るを知るや。昔者趙氏衛を襲うに、車舎人休まず傅き、衛国の城割平し、衛の八門土となりて二門墮つ、此れ亡国の形なり。衛君跣行して、遡りて魏に告ぐ。魏王身に甲を被り剣を底ぎ、趙に挑みて戦を索む。邯鄲の中騒ぎ、河・山の間乱る。衛是の藉を得て、亦た余甲を収めて北面し、剛平を残い、中牟の郭を墮す。衛は趙より強きに非ず、之を譬うれば衛は矢にして魏は弦機なり、力を魏に藉りて河東の地を有つ。趙氏懼れ、楚人趙を救いて魏を伐ち、州西に戦い、梁門を出で、軍林中に舎し、馬大河に飲う。趙是の藉を得て、亦た魏の河北を襲いて棘溝を焼き、黄城を墜す。故に剛平の残なるや、中牟の墮なるや、黄城の墜なるや、棘溝の焼なるや、此れ皆趙・魏の欲する所に非ざるなり。然れども二国之を勧め行わしむる者は、何ぞや。衛時権の藉を明らかにすればなり。今世の国を為むる者は然らず。兵弱くして強きに敵するを好み、国罷れて衆怨を好み、事敗れて之を鞠むるを好み、兵弱くして人に下るを憎み、地狭くして大に敵するを好み、事敗れて詐りを長くするを好む。此の六者を行いて伯たらんことを求むれば、則ち遠し。臣聞く、善く国を為むる者は、民の意に順いて、兵の能を料り、然る後に天下に従うと。故に約するに人の主怨を為さず、伐つに人の為に強を挫かず。此くの如くんば、則ち兵費えず、権軽んぜられず、地広むべく、欲成すべきなり。昔者、齊の韓・魏と与に秦・楚を伐つや、戦うこと甚だ疾きに非ざるなり、地を分つこと又た韓・魏より多きに非ざるなり、然れども天下独り咎を齊に帰する者は、何ぞや。其の韓・魏の為に怨みを主とするを以てなり。且つ天下遍く兵を用う、齊・燕戦い、趙氏中山を兼ね、秦・楚戦いて韓・魏休まず、而して宋・越専ら其の兵を用う。此の十国なる者は、皆相敵するを以て意と為すも、独り心を齊に挙ぐる者は、何ぞや。約して主怨を好み、伐ちて強を挫くを好めばなり。且つ夫れ強大の禍は、常に人に王たらんことを以て意と為せばなり。夫れ弱小の殃は、常に人を謀るを以て利と為せばなり。是を以て大国危うく、小国滅ぶ。大国の計は、後に起ちて不義を重ねて伐つに若くは莫し。夫れ後起の籍与多くして兵勁ければ、則ち事衆強を以て罷寡に適る、兵必ず立たん。事天下の心を塞がざれば、則ち利必ず附かん。大国此を行えば、則ち名号攘わずして至り、伯王為さずして立たん。小国の情は、僅静にして諸侯に信を寡くするに如くは莫し。僅静なれば、則ち四鄰反かず。諸侯に信を寡くすれば、則ち天下売らず。外売らず、内反かざれば、則ち禍を擯け朽腐して用いず、幣帛矯蠹して服せず。小国此を道とすれば、則ち祠らずして福あり、貸さずして足るを見ん。故に曰く、仁を祖とする者は王たり、義を立つる者は伯たり、兵を用いて窮する者は亡ぶと。何を以て其の然るを知るや。昔呉王夫差強大を以て天下に先んじ、強いて郢を襲いて越を棲め、身諸侯の君に従わしめ、而して卒に身死し国亡び、天下の戮と為る者は、何ぞや。此れ夫差平居にして王たらんことを謀り、強大にして天下に先んずるを喜ぶの禍なり。昔者萊・莒謀を好み、陳・蔡詐を好み、莒越を恃みて滅び、蔡晋を恃みて亡ぶ、此れ皆内に詐を長じ、外に諸侯を信ずるの殃なり。此に由りて之を観れば、則ち強弱大小の禍、前事に見るべし。語に曰く、「騏驥の衰うるや、駑馬之に先んじ、孟賁の倦むや、女子之に勝つ」と。夫れ駑馬・女子は、筋骨の力勁きこと、騏驥・孟賁より賢るに非ざるなり。何となれば則ち、後起の藉なればなり。今天下の相い与にするや並びに滅びず、有りて兵を案じて後に起ち、怨みを寄せて不直を誅し、微しく兵を用いて義に寄すれば、則ち天下を亡ぼすこと跼足して須つべし。諸侯の故に明らかにして、地形の理に察する者は、約さずして親しみ、相い質せずして固く、趨らずして疾く、衆事にして反かず、交割して相い憎まず、倶に彊くして加うるに親を以てす。何となれば則ち、形同憂にして兵利に趨ればなり。何を以て其の然るを知るや。昔者齊・燕桓の曲に戦い、燕勝たず、十万の衆尽く。胡人燕の楼煩数県を襲い、其の牛馬を取る。夫れ胡の齊と与にするは素より親しきに非ず、而して兵を用うるも又た約質して燕を謀るに非ず、然れども相い趨るに甚だしき者は、何ぞや。何となれば則ち形同憂にして兵利に趨ればなり。此れに由りて之を観れば、同形に約すれば則ち利長く、後起すれば則ち諸侯趨役すべし。故に明主察相、誠に伯王を以て志と為さんと欲すれば、則ち戦攻は先んずる所に非ず。戦なる者は、国の残なり、而して都県の費なり。残費已に先んずれば、能く諸侯に従う者は寡し。彼の戦なる者の残と為すや、士戦を聞けば則ち私財を輸して軍市を富まし、飲食を輸して死士を待ち、轅を折らしめて之を炊がしめ、牛を殺して士に觴す、則ち是れ君を路くすの道なり。中人禱祝し、君醸を翳い、通都小県社を置き、市有るの邑事を止めて王を奉ぜざる莫し、則ち此れ中を虚しくするの計なり。夫れ戦の明日、尸死し傷を扶く、功有るが若しと雖も、軍費を出だし、中哭泣すれば、則ち主の心を傷ましむ。死者は家を破りて葬り、夷傷する者は財を空しくして薬を共し、完き者は内に酺して楽を華にす、故に其の費死傷する者と鈞し。故に民の費やす所や、十年の田も償わざるなり。軍の出だす所、矛戟折れ、鐶弦絶え、弩を傷り、車を破り、馬を罷らし、矢を亡うこと大半なり。甲兵の具は、官の私かに出だす所、士大夫の匿す所、廝養の士の竊む所、十年の田も償わざるなり。天下此の再費有れば、能く諸侯に従う者は寡し。攻城の費は、百姓襜蔽を理め、衝櫓を挙げ、家総を雑え、身窟穴し、中刀金に罷る。而して士土功に困しみ、将甲を釈かず、期数にして能く城を抜く者は亟やかなりと為すのみ。上教うるに倦み、士兵に断たる、故に三たび城を下して能く敵に勝つ者は寡し。故に曰く、彼の戦攻なる者は、先んずる所に非ずと。何を以て其の然るを知るや。昔智伯瑤范・中行氏を攻め、其の君を殺し、其の国を滅ぼし、又た西のかた晋陽を囲み、二国を吞兼して、一主を憂う、此れ兵を用うるの盛んなるなり。然れども智伯卒に身死し国亡び、天下の笑いと為る者は、何の謂いぞや。兵戦攻を先んじて、二子の患を滅ぼせばなり。日者、中山悉く起ちて燕・趙を迎え、南のかた長子に戦いて、趙氏を敗り、北のかた中山に戦いて、燕軍に克ち、其の将を殺す。夫れ中山は千乗の国なるに、万乗の国二つに敵し、再戦して北勝す、此れ兵を用うるの上節なり。然れども国遂に亡び、君臣齊に於てする者は、何ぞや。戦攻の患いを嗇まざればなり。此れに由りて之を観れば、則ち戦攻の敗、前事に見るべし。今世の所謂善く兵を用うる者は、終に戦いて勝を比らべ、守りて抜くべからず、天下称して善しと為し、一国得て之を保てば、則ち国の利に非ざるなり。臣聞く、戦いて大いに勝つ者は、其の士死する多くして兵益弱く、守りて抜くべからざる者は、其の百姓罷れて城郭露わるると。夫れ士外に死し、民内に残われ、而して城郭境に露わるれば、則ち王の楽しみに非ざるなり。今夫れ鵠的は人に罪を咎むるに非ざるなり、弓を便め弩を引きて之を射るに、中つる者は則ち善しとし、中てざれば則ち愧ず、少長貴賤、則ち心を之を貫くに同じくする者は、何ぞや。其の人に難きを示すを悪めばなり。今窮戦して勝を比べ、守りて必ず抜くべからざれば、則ち是れ徒に人に難きを示すのみに非ざるなり、又た且つ人を害する者なり、然らば則ち天下之を仇とすること必せり。夫れ士を罷らせ国を露わし、而して多く天下と仇を為せば、則ち明君居らざるなり。素より強兵を用いて之を弱くすれば、則ち察相事とせざるなり。彼の明君察相なる者は、則ち五兵動かずして諸侯従い、辞譲すれども重賂至る。故に明君の攻戦するや、甲兵軍を出でずして敵国勝ち、衝櫓を施さずして辺城降り、士民知らずして王業至る。彼の明君の事に従うや、財を用うること少なく、日を曠しくすること遠くして利を為すこと長き者なり。故に曰く、兵後に起てば則ち諸侯趨役すべしと。臣の聞く所、攻戦の道師に非ざる者は、百万の軍有りと雖も、之を堂上に比げ、闔閭・呉起の将有りと雖も、之を戸内に禽にし、千丈の城も、之を尊俎の間に抜き、百尺の衝も、之を衽席の上に折る。故に鍾鼓竽瑟の音絶えずして、地広むべく欲成すべし。和楽倡優侏儒の笑い之かずして、諸侯同日に致すべし。故に名天地に配するも尊しと為さず、利海内を制するも厚しと為さず。故に夫れ善く王業を為す者は、天下を労して自ら佚し、天下を乱して自ら安んずるに在り、諸侯成謀無ければ、則ち其の国宿憂無きなり。何を以て其の然るを知るや。佚治我に在り、労乱天下に在れば、則ち王の道なり。鋭兵来れば則ち之を拒み、患至れば則ち之に趨き、諸侯をして成謀無からしめば、則ち其の国宿憂無し。何を以て其の然るを知るや。昔者魏王土千里を擁し、甲を帯ぶる者三十六万、其の強くして邯鄲を抜き、西のかた定陽を囲み、又た十二諸侯を従えて天子に朝せしめ、以て西のかた秦を謀る。秦王之を恐れ、寝ねて席に安んぜず、食して味を甘しとせず、境内に令して、尽く堞中に戦具を為し、竟に守備を為し、死士の為に将を置きて、以て魏氏を待つ。衛鞅秦王に謀りて曰く、「夫れ魏氏は其の功大にして、令天下に行われ、十二諸侯有りて天子に朝せしむ、其の与すること必ず衆し。故に一秦を以て大魏に敵するは、恐らくは如かざらん。王何ぞ臣をして魏王に見えしめざる、則ち臣請う必ず魏を北げしめん」と。秦王許諾す。衛鞅魏王に見えて曰く、「大王の功大なり、令天下に行わる。今大王の従う所の十二諸侯は、宋・衛に非ざれば、則ち鄒・魯・陳・蔡なり、此れ固より大王の鞭箠を以て使う所にして、以て天下に王たるに足らず。大王は北のかた燕を取り、東のかた齊を伐つに若かず、則ち趙必ず従わん。西のかた秦を取り、南のかた楚を伐てば、則ち韓必ず従わん。大王齊・楚を伐つの心有りて、天下の志に従わば、則ち王業見われん。大王は先ず王服を行い、然る後に齊・楚を図るに如かず」と。魏王衛鞅の言を説び、故に身公宮を広め、丹衣柱を制し、九斿を建て、七星の旟に従う。此れ天子の位なるに、魏王之に処る。是に於て齊・楚怒り、諸侯齊に奔り、齊人魏を伐ち、其の太子を殺し、其の十万の軍を覆す。魏王大いに恐れ、跣行して国に兵を按じ、東のかた齊に次る、然る後に天下乃ち之を舍す。是の時に当り、秦王垂拱して西河の外を受け、而して魏王を徳とせず。故に曰く、衛鞅の始め秦王と計るや、謀約席を下らずして、尊俎の間に言い、謀堂上に成りて、魏将に齊に禽にせられんとす。衝櫓未だ施さずして、西河の外秦に入る。此れ臣の所謂堂上に比げ、将を戸内に禽にし、城を尊俎の間に抜き、衝を衽席の上に折るという者なり。