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論語と算盤 / 理想と迷信・道徳は進化すべきか

道徳といふものは、他の理学化学のやうに、段々進化して行くものであるか、詰り道徳は文明に従つて進化すべきものであるかと云ふのである、一寸了解し難い言葉であるが、前にも言ふ如く、宗教信念を以て道徳を堅固にするが宜いか、さなくとも論理の上から徳義心は維持出来るものであると云ふやうに、追々其の解釈が進化し来りはせぬか、蓋し道徳といふ文字は、支那古代の唐虞の世より、王者の道といふのが即ち道徳の語原である、故に道徳といふ文字は余程古い。

書き下し

道徳というものは、他の理学化学のように、だんだん進化して行くものであるか、つまり道徳は文明に従って進化すべきものであるかというのである。ちょっと了解し難い言葉であるが、前にも言うごとく、宗教信念をもって道徳を堅固にするがよいか、さなくとも論理の上から徳義心は維持出来るものであるというように、追々その解釈が進化し来たりはせぬか。けだし道徳という文字は、支那古代の唐虞の世より、王者の道というのがすなわち道徳の語原である。ゆえに道徳という文字はよほど古い。

現代語訳

道徳というものは、理学や化学のように、だんだん進化していくものなのか。つまり道徳は文明に従って進化すべきものなのか、という問いである。ちょっと分かりにくい言葉だが、前にも言ったように、宗教的な信念によって道徳を堅固にするのがよいのか、そうでなくとも論理の上から徳義心は維持できるものだ、というように、その解釈がだんだん進化してきてはいないだろうか。思うに道徳という文字は、中国古代の唐虞(堯・舜)の世からあり、王者の道というのがつまり道徳の語源である。だから道徳という文字はずいぶん古い。

解説

「道徳は進化すべきか」の章の書き出しである。理学や化学が進歩するように、道徳も文明とともに進化するのか、という問いを渋沢は立てる。これは当時の知識人にとって切実な問題だった。明治の日本にはダーウィンの進化論やスペンサーの社会進化論が入り、あらゆるものが進化するという考えが広まっていた。一方で、宗教の信仰によって道徳を支えるべきか、理屈だけで徳義心は保てるのかという議論もあった。渋沢は自分では宗教を持たず、儒教を行いの規矩としていた人である。道徳という語の源を、堯・舜の唐虞の世の「王者の道」に求めるのは、道徳が統治と切り離せないものとして始まったことを示そうとしたのだろう。古いものは時代遅れなのか、古いからこそ価値があるのか。技術や制度が急速に変わる今日でも、組織の価値観のどこまでを更新し、どこを守るかは、経営の重い問いである。

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