正法眼蔵随聞記 / 巻二
いまだ聞かず三國の例、財寶にとみ、愚人の歸敬をもつて道德とすべきことを、道心者と云ふは昔しより三國みな貧にして、身をくるしくし、一切を省約して、慈あり道あるをまことに行者と云ふなり、德のあらはるゝと云も、財寶にゆたかに、供養にほこるを云にあらす、德の顯はるゝに三重あるべし、先つは其の人其の道を修するなりと知らるゝなり、次には其の道を慕ふ者いで來る、後には其の道をおなじく學し同じく行ずる、是を道德のあらはるゝと云ふなり、
新字:いまだ聞かず三国の例、財宝にとみ、愚人の帰敬をもつて道徳とすべきことを、道心者と云ふは昔しより三国みな貧にして、身をくるしくし、一切を省約して、慈あり道あるをまことに行者と云ふなり、徳のあらはるゝと云も、財宝にゆたかに、供養にほこるを云にあらす、徳の顕はるゝに三重あるべし、先つは其の人其の道を修するなりと知らるゝなり、次には其の道を慕ふ者いで来る、後には其の道をおなじく学し同じく行ずる、是を道徳のあらはるゝと云ふなり、
書き下し
いまだ聞かず三国の例、財宝にとみ、愚人の帰敬をもつて道徳とすべきことを、道心者と云ふは昔しより三国みな貧にして、身をくるしくし、一切を省約して、慈あり道あるをまことに行者と云ふなり、徳のあらはるゝと云も、財宝にゆたかに、供養にほこるを云にあらす、徳の顕はるゝに三重あるべし、先つは其の人其の道を修するなりと知らるゝなり、次には其の道を慕ふ者いで来る、後には其の道をおなじく学し同じく行ずる、是を道徳のあらはるゝと云ふなり、
現代語訳
いまだ聞かない、三国の例で、財宝に富み、愚かな人の帰依をもって道徳とすべきだということを。道心の者というのは、昔から三国みな貧しくて、身を苦しくし、一切を省いて切り詰めて、慈しみがあり道があるのを、まことの行者と言うのである。徳が現れるというのも、財宝に豊かで供養を誇るのを言うのではない。徳が現れるのに三重があるはずである。まずは、その人がその道を修めているのだと知られることである。次には、その道を慕う者が出てくることである。後には、その道を同じく学び同じく行ずることである。これを道徳が現れたと言うのである。
解説
この章句が説くこと
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『正法眼蔵随聞記』巻五大宋国によき僧と人にも知られたる人は、皆貧窮人なり、衣服もやぶれ、諸縁も乏しきなり、往日天童山の書記道如上座と云し人は、官人宰相の子なり、しかれとも親族をも遠離し、世利を貪らざりしかば、衣服のやつれ破壊したること、目もあてられざりしかとも、道徳人に知られて、名山大寺の書記とも成られしなり、予あるとき如上座に問て云く、和尚は官人の子息にて富貴の種族なり、何ぞ身にちかづくる物、皆下品にして貧窮なるや、如上座答て云く、僧となればなり、
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論語・為政篇子曰く、之を道びくに政を以てし、之を斉(ととの)うるに刑を以てすれば、民免れて恥無し。之を道びくに徳を以てし、之を斉うるに礼を以てすれば、恥有り且つ格(いた)る。
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「廣土衆民は、君子之を欲するも、樂しむ所は存せず。天下に中して立ち、四海の民を定むるは、君子之を樂しむも、性とする所は存せず。君子の性とする所は、大いに行わると雖も加わらず、窮居すと雖も損せず。分定まるが故なり。君子の性とする所は、仁義禮智、心に根ざし、其の色に生ず。睟然として面に見われ、背に盎れ、四體に施き、四體言わずして喻る。」
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孟子・盡心章句上孟子、宋句踐に謂いて曰く、「子、遊を好むか。吾、子に遊を語らん。人、之を知るも亦た囂囂(ゴウ・ゴウ)たり。人、知らざるも亦た囂囂たり。」曰く、「何如なれば斯に以て囂囂たる可き。」曰く、「徳を尊び義を樂しめば、則ち以て囂囂たる可し。故に士は窮しても義を失わず、達しても道を離れず。窮しても義を失わず、故に士は己を得。達しても道を離れず、故に民は望みを失わず。古の人は、志を得れば、澤、民に加わり、志を得ざれば、身を修めて世に見わる。窮すれば則ち獨り其の身を善くし、達すれば則ち兼ねて天下を善くす。」
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孟子・離婁章句下孟子曰く、「人の禽獸に異なる所以の者は、幾ど希なり。庶民は之を去り、君子は之を存す。舜は庶物を明らかにし、人倫を察す。仁義に由りて行う、仁義を行うに非ざるなり。」
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二宮翁夜話・巻之四世の中刃物(はもの)を取り遣(や)りするに、刃(は)の方を我が方へ向け、柄(え)の方を先の方にして出すは、是(これ)道徳の本意なり、此の意を能(よ)く押し弘(ひろ)めば、道徳は全(まった)かるべし、人々此の如くならば、天下平(たいら)かなるべし、夫(それ)刃先を我が方にして先方(せんぽう)に向けざるは、其の心、万一誤(あやまり)ある時、我が身には疵(きず)を付くるとも、他に疵を付けざらんとの心なり、万事此の如く心得て我が身上(しんじょう)をば損すとも、他の身上には損は掛(か)けじ、我が名誉は損するとも、他の名誉には疵を付けじと云う精神なれば、道徳の本体全しと云うべし、是(これ)より先は此の心を押し広むるのみ。